2024年10月22日
10月13日(日) 梵珠山(東北ツアー:4/4)
「東北ツアー」最終の第4日目。青森港からフェリーで函館港に戻る前に、五所川原・青森市境に位置する梵珠山(ぼんじゅさん、468.3m)に立ち寄って、晴天のもと、のんびりハイクを楽しんだ。参加は12名。
梵珠山は飛鳥時代より信仰の山とされ、近くには鐘撞堂山とか大釈迦川など、仏教に関係の深い地名が残っている。梵珠という山名も釈迦三尊仏のうちの文殊菩薩の名から付いたと伝えられる。
一帯は「青森県民の森」として整備され、我らが函館山のように地域の人々からハイキングやキャンプの場として親しまれている。
また、地元の五所川原農林高等学校スキー部の部歌「シーハイルの歌」で「梵珠嶺(ぼんじゅね)」と歌われ、NHK人気番組「にっぽん百低山」でも取り上げられた(初回放送日:2023年9月27日)。
鰺ヶ沢町山奥の宿を7時に出発(早い時刻に朝食を出していただき、ありがとうございました)。国道101号線に出て一路東に向かう。走行した無料自動車道「浪岡五所川原道路」から、梵珠山の山容が見えた。
国道7号線と沢沿いの林道を通って、「青森県立自然ふれあいセンター」手前の第1駐車場に到着。
登山装備を整え、8時45分に「マンガンの道」登山口を出発した。昔、マンガン鉱石を運び出した道だそうで、コース沿いには、ブナ林のほか青森県木のヒバ林も分布している。
沢沿いの道を歩き始めるとすぐ、ブナの大樹の下を通る。
新しい木製の橋を渡る。
沢から山腹斜面を短いつづら折りで登り、ブナ林の尾根に上がる。陽の光を浴びて、少し黄色くなり始めた葉が美しい。
「マンガンの道」はよく整備され、指導標もしっかりしている。
尾根道の途中にある「陸奥湾展望所」で東方向が開け、陸奥湾と青森市街地、後背の山並みが見えた。山の形から、高森山と東岳と思われる。
この前後で見られた草木の実。[左上]ハイイヌガヤ(這犬榧)の果肉は赤茶色に熟すと食べられる(少しヤニっぽいが甘い)、[右上]ツルアリドオシ(蔓蟻通)の赤い実、[左下]トチバニンジン(栃葉人参)の実はこれから大きくなる(和名の由来は、葉がトチノキの葉に似ていることから)。[右下]ミズ(正式名:ウワバミソウ(蟒蛇草))は秋になると葉の元に赤く膨らんだ小豆のような色の実を付ける。実際は養分を貯えて肥大化した肉芽で、いわばミズの「むかご」。古くから保存食としても珍重されてきたという。
C300付近の「越口」まで、なだらかで気持ちの良い尾根道が続く。
「越口」からは、やや急な斜面を登る。
20分弱の登りで傾斜が緩むと、蔦が絡まる大木も立つ草原に到着した。「寺屋敷北広場」と呼ばれる場所で、四阿とトイレ(写真の右奥)が建つ。
この一角のどこかに、「釈迦の墓」があるという。
この前後で見られた実と花。[左上]野草の実(綿毛)が陽に光って美しい(背後は四阿の壁)、[右上]ツルリンドウ(蔓竜胆)の実、[左下]コウライテンナンショウ(高麗天南星)の実。[右下]オオノアザミ(大野薊)は本名がアオモリアザミ(青森薊)で青森県が基準産地だという。
「寺屋敷北広場」から梵珠山の頂上に向かう。青空に映えるブナの幹と葉。
たわわに実ったナナカマド(七竈)の赤い実も、青空と良くマッチする。
10時ちょうど、「寺屋敷北広場」から登り10分ほどで、梵珠山の頂上に到着した。三等三角点(点名も同じ梵珠山)が設置されている。山名標識を掲げて、全体集合写真に納まる。
山名標識の傍にブロック造りの小屋があって、石作りの「梵珠七観音」が安置されている(右のOsさんを入れて八観音…(^_^))。それぞれは明治時代、近郊の集落から寄進されたものだという。
観音様の表情に違いがある。4体だけで恐縮だが、下に載せてみた。左下の観音様の左ひじにカマキリがとまっている。
頂上などで見られた木の実4態。[左上]ツリバナ(吊花)の実、[右上]ガマズミ(莢蒾)の実、[左下]ツルウメモドキ(蔓梅擬)の実、[右下]下山道で見かけたクサギ(臭木)の実。
10時15分、頂上を後にする。北東方向の遠くに、下北半島の山々が霞んでいた。大尽山(おおづくしやま)の向こう側には、比叡山・高野山とともに日本三大霊場といわれる恐山(山名ではなく地域名)がある。
「寺屋敷北広場」へ戻る途中で、釈迦堂山の頂上(454m)を訪れた。頂上には「釈迦堂避難小屋」と、右に「釈迦三尊仏」の祠が建っていた。祠は明治時代、寺や仏像が破壊された「廃仏毀釈」から、地元の旧大釈迦村が復活させ、昭和52年(西暦1977年)に再建されたという。
祠の扉を開いて、中に安置された釈迦三尊仏を拝んだ。中央に座す白い顔の釈迦像は木製で、左右の文殊菩薩と普賢菩薩は明治時代の作らしい。
トイレが建つ「寺屋敷北広場」から、「寺屋敷南広場」を通って「サワグルミの道」を下がる。この道も信仰に支えられた参詣道で、湿った土地を好むサワグルミやトチノキなどの木が多い。
道の途中から少し入った「岩木山展望所」に寄り、2日前に登った岩木山(1624.6m)を眺める。雄大な裾野を広げる名山である。
下山で見かけた花と実。[左上]ユキザサ(雪笹、別名:アズキナ)の赤く透き通った実、[右上]「六角堂休憩所」前にあったサラシナショウマ(晒菜升麻)の花穂、[左下]ツクバネソウ(衝羽根草)の実、[右下]地面にトチノキ(栃の木)の実がたくさん落ちていた。
「サワグルミの道」の脇に立っていた、威厳あるブナの大樹。
「サワグルミの道」登山口に到着。仏教色が強い一帯なのに、鳥居が立っていた。「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」の現れであろう。
「サワグルミの道」登山口から林道を400mほど上流側に歩き、駐車場には11時35分に到着。陽だまりの中、銘々が車外でくつろぎながら昼食をとった。
駐車場は親子連れなど、地元の方々の車で賑わっていた。
駐車場を出発し、JR新青森駅で買い物を済ませて青森港フェリーターミナルに移動。函館港に渡った。
フェリーから津軽半島を振り返る。ツアー期間の前半はまずまず、後半は絶好の日和に恵まれ、無事に行程を終えることができた。それを祝ってくれるかのような夕景であった。
当会で3泊4日行程のツアーは、2016年8月の道東ツアー(羅臼岳と斜里岳)以来、久し振りでした。計画作成の段階で、宿の確保(三連休を含む行楽期のため、多くの宿が数か月や1年前から予約で満杯)には会員Onさんに手間をお掛けしました。また、Bmさん、Osさん、Srさんには無理を頼んで車を出してもらいました。参加されたメンバー各位の協力(会計担当、各車連絡担当など)とチームワークによって、思い出深いツアーになったと思います。また、各宿の暖かいサポートもありました。関係された皆さまに、大いに感謝致します。(「東北ツアー」の紹介は、これで終わります。)
梵珠山は飛鳥時代より信仰の山とされ、近くには鐘撞堂山とか大釈迦川など、仏教に関係の深い地名が残っている。梵珠という山名も釈迦三尊仏のうちの文殊菩薩の名から付いたと伝えられる。
一帯は「青森県民の森」として整備され、我らが函館山のように地域の人々からハイキングやキャンプの場として親しまれている。
また、地元の五所川原農林高等学校スキー部の部歌「シーハイルの歌」で「梵珠嶺(ぼんじゅね)」と歌われ、NHK人気番組「にっぽん百低山」でも取り上げられた(初回放送日:2023年9月27日)。
鰺ヶ沢町山奥の宿を7時に出発(早い時刻に朝食を出していただき、ありがとうございました)。国道101号線に出て一路東に向かう。走行した無料自動車道「浪岡五所川原道路」から、梵珠山の山容が見えた。
国道7号線と沢沿いの林道を通って、「青森県立自然ふれあいセンター」手前の第1駐車場に到着。
登山装備を整え、8時45分に「マンガンの道」登山口を出発した。昔、マンガン鉱石を運び出した道だそうで、コース沿いには、ブナ林のほか青森県木のヒバ林も分布している。
沢沿いの道を歩き始めるとすぐ、ブナの大樹の下を通る。
新しい木製の橋を渡る。
沢から山腹斜面を短いつづら折りで登り、ブナ林の尾根に上がる。陽の光を浴びて、少し黄色くなり始めた葉が美しい。
「マンガンの道」はよく整備され、指導標もしっかりしている。
尾根道の途中にある「陸奥湾展望所」で東方向が開け、陸奥湾と青森市街地、後背の山並みが見えた。山の形から、高森山と東岳と思われる。
この前後で見られた草木の実。[左上]ハイイヌガヤ(這犬榧)の果肉は赤茶色に熟すと食べられる(少しヤニっぽいが甘い)、[右上]ツルアリドオシ(蔓蟻通)の赤い実、[左下]トチバニンジン(栃葉人参)の実はこれから大きくなる(和名の由来は、葉がトチノキの葉に似ていることから)。[右下]ミズ(正式名:ウワバミソウ(蟒蛇草))は秋になると葉の元に赤く膨らんだ小豆のような色の実を付ける。実際は養分を貯えて肥大化した肉芽で、いわばミズの「むかご」。古くから保存食としても珍重されてきたという。
C300付近の「越口」まで、なだらかで気持ちの良い尾根道が続く。
「越口」からは、やや急な斜面を登る。
20分弱の登りで傾斜が緩むと、蔦が絡まる大木も立つ草原に到着した。「寺屋敷北広場」と呼ばれる場所で、四阿とトイレ(写真の右奥)が建つ。
この一角のどこかに、「釈迦の墓」があるという。
この前後で見られた実と花。[左上]野草の実(綿毛)が陽に光って美しい(背後は四阿の壁)、[右上]ツルリンドウ(蔓竜胆)の実、[左下]コウライテンナンショウ(高麗天南星)の実。[右下]オオノアザミ(大野薊)は本名がアオモリアザミ(青森薊)で青森県が基準産地だという。
「寺屋敷北広場」から梵珠山の頂上に向かう。青空に映えるブナの幹と葉。
たわわに実ったナナカマド(七竈)の赤い実も、青空と良くマッチする。
10時ちょうど、「寺屋敷北広場」から登り10分ほどで、梵珠山の頂上に到着した。三等三角点(点名も同じ梵珠山)が設置されている。山名標識を掲げて、全体集合写真に納まる。
山名標識の傍にブロック造りの小屋があって、石作りの「梵珠七観音」が安置されている(右のOsさんを入れて八観音…(^_^))。それぞれは明治時代、近郊の集落から寄進されたものだという。
観音様の表情に違いがある。4体だけで恐縮だが、下に載せてみた。左下の観音様の左ひじにカマキリがとまっている。
頂上などで見られた木の実4態。[左上]ツリバナ(吊花)の実、[右上]ガマズミ(莢蒾)の実、[左下]ツルウメモドキ(蔓梅擬)の実、[右下]下山道で見かけたクサギ(臭木)の実。
10時15分、頂上を後にする。北東方向の遠くに、下北半島の山々が霞んでいた。大尽山(おおづくしやま)の向こう側には、比叡山・高野山とともに日本三大霊場といわれる恐山(山名ではなく地域名)がある。
「寺屋敷北広場」へ戻る途中で、釈迦堂山の頂上(454m)を訪れた。頂上には「釈迦堂避難小屋」と、右に「釈迦三尊仏」の祠が建っていた。祠は明治時代、寺や仏像が破壊された「廃仏毀釈」から、地元の旧大釈迦村が復活させ、昭和52年(西暦1977年)に再建されたという。
祠の扉を開いて、中に安置された釈迦三尊仏を拝んだ。中央に座す白い顔の釈迦像は木製で、左右の文殊菩薩と普賢菩薩は明治時代の作らしい。
トイレが建つ「寺屋敷北広場」から、「寺屋敷南広場」を通って「サワグルミの道」を下がる。この道も信仰に支えられた参詣道で、湿った土地を好むサワグルミやトチノキなどの木が多い。
道の途中から少し入った「岩木山展望所」に寄り、2日前に登った岩木山(1624.6m)を眺める。雄大な裾野を広げる名山である。
下山で見かけた花と実。[左上]ユキザサ(雪笹、別名:アズキナ)の赤く透き通った実、[右上]「六角堂休憩所」前にあったサラシナショウマ(晒菜升麻)の花穂、[左下]ツクバネソウ(衝羽根草)の実、[右下]地面にトチノキ(栃の木)の実がたくさん落ちていた。
「サワグルミの道」の脇に立っていた、威厳あるブナの大樹。
「サワグルミの道」登山口に到着。仏教色が強い一帯なのに、鳥居が立っていた。「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」の現れであろう。
「サワグルミの道」登山口から林道を400mほど上流側に歩き、駐車場には11時35分に到着。陽だまりの中、銘々が車外でくつろぎながら昼食をとった。
駐車場は親子連れなど、地元の方々の車で賑わっていた。
駐車場を出発し、JR新青森駅で買い物を済ませて青森港フェリーターミナルに移動。函館港に渡った。
フェリーから津軽半島を振り返る。ツアー期間の前半はまずまず、後半は絶好の日和に恵まれ、無事に行程を終えることができた。それを祝ってくれるかのような夕景であった。
当会で3泊4日行程のツアーは、2016年8月の道東ツアー(羅臼岳と斜里岳)以来、久し振りでした。計画作成の段階で、宿の確保(三連休を含む行楽期のため、多くの宿が数か月や1年前から予約で満杯)には会員Onさんに手間をお掛けしました。また、Bmさん、Osさん、Srさんには無理を頼んで車を出してもらいました。参加されたメンバー各位の協力(会計担当、各車連絡担当など)とチームワークによって、思い出深いツアーになったと思います。また、各宿の暖かいサポートもありました。関係された皆さまに、大いに感謝致します。(「東北ツアー」の紹介は、これで終わります。)