2024年01月30日
1月28日(日) 鏡山
久し振りに青空が広がり、函館市の最高気温が5.6℃(3月中旬並み)まで上がったこの日、北斗市・旧上磯町市街地の南西にある鏡山(330.3m)で雪上ハイクを楽しんだ。参加は20名。
北斗市の廃棄物処理場から先に続く広域農道に入り、道路脇の下町沢川二股の北尾根末端(二つの橋の中間部)で出発準備を整える。今冬の会山行で初めてスノーシューやわかんを装着し、8時55分に出発。

160mポコの下に北海道新幹線・新茂辺地トンネルの出入り口がある。天気が良いので、新函館北斗駅を9時35分に発車する上り「はやぶさ18号」の通過を狙って、メンバーの多くがカメラを構えていた。しかし残念ながら、3秒間ほどの撮影チャンスを逃してしまった。三年前に撮った写真で代用。


アップダウンが続く北尾根コースのブナ林をゆっくりと辿っていく。青空が嬉しい。

積雪は深くないが、エゾシカ数頭の足跡がくっきりと残っていた。

後続のメンバーも気分良く進む。

ところどころで、雪面にツルアジサイのドライフラワーが落ちていた。

緩く登っていくメンバーが、青空に吸い込まれるよう。

鏡山の頂上台地に上がる最後の斜面に向かう先頭グループ。

後ろのメンバーも快調な足取りで続く。

頂上台地に上がる斜面を快適に登る。雪面はクラストして、歩きやすい。


皆が函館平野方面を振り返って歓声を上げる。函館湾と北斗市・函館市の市街地、横津連峰から亀田半島の山並みが一望できた。

函館平野越しに横津連峰をアップで。

北北東方向には、頂上に雲をまとった北海道駒ヶ岳。

北方向は、ホームグランドの北斗毛無山の頂部、北斗700峰、峩朗鉱山南西方の570.6峰など。この頂部一帯は、箱館戦争の「矢不来(やふらい)の戦い」の場であった。

11時5分、台地の上に小高く盛り上がる頂上に到着。

頂上標識の前で、北方向の山並みを背景に恒例の全体集合写真を撮る。

西~南西方向の展望もどうぞ。最初は西方向に桂岳と681峰など。

西南西方向には、40km前後離れた七ッ岳の鋭鋒と、昨年(2023年)10月末に悲惨なヒグマ事件が発生した大千軒岳。手前に目立つ三角形は、木古内町にある411.7峰。

南西方向には、トラピスト修道院の裏手にある当別丸山と、右奥に知内山塊。

頂上から少し南に下がった日当たりの良い台地で、ゆっくりとランチタイムをとる。

空に浮かぶ積雲の縁が、僅かに色付いて見えた(彩雲)。

陽が射して穏やかな津軽海峡を、貨物船が航行していく。

雪面に付いたエゾユキウサギの足跡。普通の足跡は窪んでいるのだが、こちらは雪面から浮き出ている。柔らかい雪がウサギの足で踏み固められたあと、周りの雪が強風で飛ばされて残ったものと思われる。

頂上台地から函館山と、右遠方に下北半島を望む。

11時50分に下山を開始。下町沢川左沢の右岸に沿う尾根(南尾根コース)をとる。
途中にある303mポコの一角で、四角柱の標石を見つけた。刻まれた文字は、「津軽要…(要塞か)」、別面には「明治三十七(?)…」と読めた。「歴史の旅人」である「も~さん」の話によれば、日露戦争(1904年[明治37年]2月8日~1905年[明治38年]9月5日)の開戦前後に津軽海峡を航行するロシア艦などから海岸を防衛するため、函館山だけでなく、上磯地区から戸井地区(汐首岬)にかけても砲台(津軽要塞の一部)が設置されたそうで、その名残りの一部であろう。


南尾根途中にある229mポコの手前から函館山を望む。

気温が上がって雪面が柔らかくなり、スノーシューやわかんで時折踏み抜いて歩きづらくなってきた。229mポコ手前のコルから全員で林道を歩くことにした。杉材の伐採のために入ったブルドーザーのキャタピラが残る林道を1.4kmほどで広域農道に出て、車まで戻った。正面の山は北斗700峰。

広域農道に架かる橋の上から鏡山頂部を見上げる。車列に到着し、13時30分に下山を終了した。

橋の上で挨拶を済ませ、車ごとに解散した。
1月14日に実施した清水山以来、21日と24日の計画は悪天予想で中止したため、2週間ぶりの会山行であった。おだやかな好天に恵まれ、のんびりゆったり気分で雪山を楽しむことができた。
北斗市の廃棄物処理場から先に続く広域農道に入り、道路脇の下町沢川二股の北尾根末端(二つの橋の中間部)で出発準備を整える。今冬の会山行で初めてスノーシューやわかんを装着し、8時55分に出発。

160mポコの下に北海道新幹線・新茂辺地トンネルの出入り口がある。天気が良いので、新函館北斗駅を9時35分に発車する上り「はやぶさ18号」の通過を狙って、メンバーの多くがカメラを構えていた。しかし残念ながら、3秒間ほどの撮影チャンスを逃してしまった。三年前に撮った写真で代用。


アップダウンが続く北尾根コースのブナ林をゆっくりと辿っていく。青空が嬉しい。

積雪は深くないが、エゾシカ数頭の足跡がくっきりと残っていた。

後続のメンバーも気分良く進む。

ところどころで、雪面にツルアジサイのドライフラワーが落ちていた。

緩く登っていくメンバーが、青空に吸い込まれるよう。

鏡山の頂上台地に上がる最後の斜面に向かう先頭グループ。

後ろのメンバーも快調な足取りで続く。

頂上台地に上がる斜面を快適に登る。雪面はクラストして、歩きやすい。


皆が函館平野方面を振り返って歓声を上げる。函館湾と北斗市・函館市の市街地、横津連峰から亀田半島の山並みが一望できた。

函館平野越しに横津連峰をアップで。

北北東方向には、頂上に雲をまとった北海道駒ヶ岳。

北方向は、ホームグランドの北斗毛無山の頂部、北斗700峰、峩朗鉱山南西方の570.6峰など。この頂部一帯は、箱館戦争の「矢不来(やふらい)の戦い」の場であった。

11時5分、台地の上に小高く盛り上がる頂上に到着。

頂上標識の前で、北方向の山並みを背景に恒例の全体集合写真を撮る。

西~南西方向の展望もどうぞ。最初は西方向に桂岳と681峰など。

西南西方向には、40km前後離れた七ッ岳の鋭鋒と、昨年(2023年)10月末に悲惨なヒグマ事件が発生した大千軒岳。手前に目立つ三角形は、木古内町にある411.7峰。

南西方向には、トラピスト修道院の裏手にある当別丸山と、右奥に知内山塊。

頂上から少し南に下がった日当たりの良い台地で、ゆっくりとランチタイムをとる。

空に浮かぶ積雲の縁が、僅かに色付いて見えた(彩雲)。

陽が射して穏やかな津軽海峡を、貨物船が航行していく。

雪面に付いたエゾユキウサギの足跡。普通の足跡は窪んでいるのだが、こちらは雪面から浮き出ている。柔らかい雪がウサギの足で踏み固められたあと、周りの雪が強風で飛ばされて残ったものと思われる。

頂上台地から函館山と、右遠方に下北半島を望む。

11時50分に下山を開始。下町沢川左沢の右岸に沿う尾根(南尾根コース)をとる。
途中にある303mポコの一角で、四角柱の標石を見つけた。刻まれた文字は、「津軽要…(要塞か)」、別面には「明治三十七(?)…」と読めた。「歴史の旅人」である「も~さん」の話によれば、日露戦争(1904年[明治37年]2月8日~1905年[明治38年]9月5日)の開戦前後に津軽海峡を航行するロシア艦などから海岸を防衛するため、函館山だけでなく、上磯地区から戸井地区(汐首岬)にかけても砲台(津軽要塞の一部)が設置されたそうで、その名残りの一部であろう。


南尾根途中にある229mポコの手前から函館山を望む。

気温が上がって雪面が柔らかくなり、スノーシューやわかんで時折踏み抜いて歩きづらくなってきた。229mポコ手前のコルから全員で林道を歩くことにした。杉材の伐採のために入ったブルドーザーのキャタピラが残る林道を1.4kmほどで広域農道に出て、車まで戻った。正面の山は北斗700峰。

広域農道に架かる橋の上から鏡山頂部を見上げる。車列に到着し、13時30分に下山を終了した。

橋の上で挨拶を済ませ、車ごとに解散した。
1月14日に実施した清水山以来、21日と24日の計画は悪天予想で中止したため、2週間ぶりの会山行であった。おだやかな好天に恵まれ、のんびりゆったり気分で雪山を楽しむことができた。
2024年01月15日
1月14日(日) 清水山&310峰(西尾根コース)
清水山(321.1m)と北西隣りの310峰は、函館市の豊原町・鉄山町境に位置する。低山ではあるが、亀田半島や下北半島の山並みと津軽海峡の展望に優れ、函館空港に着陸する航空機を間近で見ることができる。この時期の定番山行で、参加は18名。
豊原町の民家前(C85付近)に車を置かせてもらい、9時25分に出発。ほとんど積雪がない牧草地の縁を、西尾根の末端に向かって歩く。画面の右は最初に目指す清水山、中央に310峰が見える。

西尾根はC140くらいから急な登りになる。例年であればスノーシューやわかんを装着し、ジグを切って高度を上げるが、今回は背の低い笹の斜面を壷足で辿った。山に、こんなに雪が少なくて良いのだろうか。

雪の隙間から、ジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草)の葉が覗いていた。

尾根の中間部はカシワ(柏・槲)が主体の広葉樹林。やはり積雪は少ない。

花芽を付けたナニワズ(難波津)が、何株も見られた。

傾斜が少し緩くなると、尾根上部は近い。

ウメガサソウ(梅笠草)の葉も見られた。

C280付近で西尾根の上部に出て展望が開け、休憩をとる。

南山麓に広がる畑や牧草地は、かなり地面が出ている。

尾根上部から北西方向を望む。手前に吊り尾根を隔てた310峰。横津岳や袴腰岳までは見えなかったが、雁皮山や三森山が指呼できた。

10時35分、清水山の頂上に到着。枯れすすきの原っぱになっていた。

清水山の頂上で、1回目の全体集合写真を撮る。

積雪が少ない頂上部で三角点標石を探したが、見つけられなかった。南東方向の汐首岬方面を望む。

10分ほどで頂上を後にして、函館市中心部と函館山を見ながら少し戻り、310峰へつながる吊り尾根に向かう。

函館市中心部をズームアップ。五稜郭タワーが見えている。右の津軽海峡フェリーの向こうに煙を上げるのは、北斗市のセメント工場。

函館山もズームでどうぞ。手前に函館空港の滑走路と湯川温泉のホテル群。函館山の右奥に当別丸山(482.3m)。

吊り尾根を辿って310峰に登る。

進行方向の右手(東北東方向)に、亀田半島の山並みが望めた。北海道で最初に設けられた一等三角点を持つ古部丸山(点名:古部岳)や毛無山(通称:蛾眉野毛無山、二等三角点、点名:糸川)、三枚岳(三等三角点、点名:同じ)など。

310峰の登りから、なだらかな山容の清水山を振り返る。

清水山の頂上から30分で310峰に到着。時折眩しいほどに陽が射し、風も弱くて暖かい。この日2回目の全体集合写真に納まる。
ちなみに清水山と310峰の山名標識は当クラブ会員Ymさんの作成で、2023年2月の自主山行時に設置した。

310峰の頂上から、恵山(617.6m、三等三角点、点名:同じ)をズームアップ。左端は海向山(569.4m、二等三角点、点名:同じ)。

同じく、美しい容姿の古部丸山(691.0m)。

頂上でランチタイム時に見つけた、カマキリの古い卵嚢(らんのう)。狭い範囲に4~5個が集まっていた。
ちなみに、カマキリは秋に卵嚢を草や木の枝に産みつける際、本能的にその冬の積雪量を予測して雪に埋もれない高さに産卵する(積雪量が多そうだと高いところに卵を産む)という説・言い伝えがあるが、真偽のほどは定かではないらしい。

ランチタイムを終え、11時50分に310峰を発つ。正面は津軽海峡。

もう一度、南山麓を俯瞰する。高層雲の厚みが増して陽が陰り、寒さを感じるようになってきた。

310峰を下っている時、脇の草むら(地面からの高さは10cmくらい)に野鳥の古い巣があった。形状外寸法は約15センチ、また産座(巣の中央で卵を温めて雛を育てる場所)の広さが約7cmくらいあるので、野鳥に詳しい知人の鑑定では「ホオジロの巣かも知れない」とのことであった。ありがとうございました。

以下も、下山時に見かけた「博物誌」。西尾根を下っていくと、いくつかの白い岩塊を見かけた。汐首岬周辺や大千軒岳知内川などでも目にしたが、道南で通称「きんから石」と呼ばれる火成岩か。
![白い岩塊[きんから石] 白い岩塊[きんから石]](//img01.naturum.ne.jp/usr/s/a/n/sangakuclub2/20240114-Z2%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%B1%B1k310%E5%B3%B0k%E7%99%BD%E3%81%84%E5%B2%A9%E5%A1%8A%5B%E3%81%8D%E3%82%93%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9F%B3%5Dk.jpg)
マスクメロンの網目模様にも似た樹皮を持つハリギリ(針桐)の大木。高級タンスの材料として知られるキリ(桐)の仲間ではなく、タラノキ(惣木)などと同じウコギ科に属す。

牧草地まで降りてくると、湿った雪が降り出してきた。
牧草地の脇で、ガガイモ(蘿藦)の実に詰まっていた綿毛の種子が飛んで行った殻が残っていた。かつては、この毛を綿の代用として裁縫に使う針刺しや印肉に使用したようで、民間伝承の謎の生物「ケサランパサラン」の正体はガガイモの種だとする説もあるという。

12時45分、車を止めさせていただいた民家の前に到着して、下山を終えた。
湿り雪で見通しが少し悪くなってきたが、山中では暖かい日差しや展望に恵まれたのはラッキーであった。この運気を、今年の安全な山行に繋げていきたいものである。
リーダーへの感謝と全体の挨拶を終え、現地で解散して帰宅の途に就いた。
豊原町の民家前(C85付近)に車を置かせてもらい、9時25分に出発。ほとんど積雪がない牧草地の縁を、西尾根の末端に向かって歩く。画面の右は最初に目指す清水山、中央に310峰が見える。

西尾根はC140くらいから急な登りになる。例年であればスノーシューやわかんを装着し、ジグを切って高度を上げるが、今回は背の低い笹の斜面を壷足で辿った。山に、こんなに雪が少なくて良いのだろうか。

雪の隙間から、ジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草)の葉が覗いていた。

尾根の中間部はカシワ(柏・槲)が主体の広葉樹林。やはり積雪は少ない。

花芽を付けたナニワズ(難波津)が、何株も見られた。

傾斜が少し緩くなると、尾根上部は近い。

ウメガサソウ(梅笠草)の葉も見られた。

C280付近で西尾根の上部に出て展望が開け、休憩をとる。

南山麓に広がる畑や牧草地は、かなり地面が出ている。

尾根上部から北西方向を望む。手前に吊り尾根を隔てた310峰。横津岳や袴腰岳までは見えなかったが、雁皮山や三森山が指呼できた。

10時35分、清水山の頂上に到着。枯れすすきの原っぱになっていた。

清水山の頂上で、1回目の全体集合写真を撮る。

積雪が少ない頂上部で三角点標石を探したが、見つけられなかった。南東方向の汐首岬方面を望む。

10分ほどで頂上を後にして、函館市中心部と函館山を見ながら少し戻り、310峰へつながる吊り尾根に向かう。

函館市中心部をズームアップ。五稜郭タワーが見えている。右の津軽海峡フェリーの向こうに煙を上げるのは、北斗市のセメント工場。

函館山もズームでどうぞ。手前に函館空港の滑走路と湯川温泉のホテル群。函館山の右奥に当別丸山(482.3m)。

吊り尾根を辿って310峰に登る。

進行方向の右手(東北東方向)に、亀田半島の山並みが望めた。北海道で最初に設けられた一等三角点を持つ古部丸山(点名:古部岳)や毛無山(通称:蛾眉野毛無山、二等三角点、点名:糸川)、三枚岳(三等三角点、点名:同じ)など。

310峰の登りから、なだらかな山容の清水山を振り返る。

清水山の頂上から30分で310峰に到着。時折眩しいほどに陽が射し、風も弱くて暖かい。この日2回目の全体集合写真に納まる。
ちなみに清水山と310峰の山名標識は当クラブ会員Ymさんの作成で、2023年2月の自主山行時に設置した。

310峰の頂上から、恵山(617.6m、三等三角点、点名:同じ)をズームアップ。左端は海向山(569.4m、二等三角点、点名:同じ)。

同じく、美しい容姿の古部丸山(691.0m)。

頂上でランチタイム時に見つけた、カマキリの古い卵嚢(らんのう)。狭い範囲に4~5個が集まっていた。
ちなみに、カマキリは秋に卵嚢を草や木の枝に産みつける際、本能的にその冬の積雪量を予測して雪に埋もれない高さに産卵する(積雪量が多そうだと高いところに卵を産む)という説・言い伝えがあるが、真偽のほどは定かではないらしい。

ランチタイムを終え、11時50分に310峰を発つ。正面は津軽海峡。

もう一度、南山麓を俯瞰する。高層雲の厚みが増して陽が陰り、寒さを感じるようになってきた。

310峰を下っている時、脇の草むら(地面からの高さは10cmくらい)に野鳥の古い巣があった。形状外寸法は約15センチ、また産座(巣の中央で卵を温めて雛を育てる場所)の広さが約7cmくらいあるので、野鳥に詳しい知人の鑑定では「ホオジロの巣かも知れない」とのことであった。ありがとうございました。

以下も、下山時に見かけた「博物誌」。西尾根を下っていくと、いくつかの白い岩塊を見かけた。汐首岬周辺や大千軒岳知内川などでも目にしたが、道南で通称「きんから石」と呼ばれる火成岩か。
![白い岩塊[きんから石] 白い岩塊[きんから石]](http://img01.naturum.ne.jp/usr/s/a/n/sangakuclub2/20240114-Z2%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%B1%B1k310%E5%B3%B0k%E7%99%BD%E3%81%84%E5%B2%A9%E5%A1%8A%5B%E3%81%8D%E3%82%93%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9F%B3%5Dk.jpg)
マスクメロンの網目模様にも似た樹皮を持つハリギリ(針桐)の大木。高級タンスの材料として知られるキリ(桐)の仲間ではなく、タラノキ(惣木)などと同じウコギ科に属す。

牧草地まで降りてくると、湿った雪が降り出してきた。
牧草地の脇で、ガガイモ(蘿藦)の実に詰まっていた綿毛の種子が飛んで行った殻が残っていた。かつては、この毛を綿の代用として裁縫に使う針刺しや印肉に使用したようで、民間伝承の謎の生物「ケサランパサラン」の正体はガガイモの種だとする説もあるという。

12時45分、車を止めさせていただいた民家の前に到着して、下山を終えた。
湿り雪で見通しが少し悪くなってきたが、山中では暖かい日差しや展望に恵まれたのはラッキーであった。この運気を、今年の安全な山行に繋げていきたいものである。
リーダーへの感謝と全体の挨拶を終え、現地で解散して帰宅の途に就いた。
2024年01月12日
1月7日(日) 函館山(新年交礼会)
新年になって第1回目の登山は毎年恒例の函館山。函館八幡宮の初詣ででは,それぞれ今年の安全な登山を祈願した。その後,時折雪が降る中を七曲りコースを登り,千畳敷で全体写真を撮ってしばらく歓談した後で解散した。
午前10時頃ふれあいセンター駐車場を出発。この時は晴れていた。

宮の森コースを通って函館八幡宮へ向かう。雪のない冬の宮の森コースの風情は新鮮だった。

函館八幡宮へ下りる。

Fさんがどんど焼きで賽銭をお供え。

参拝を終え,七曲りコースへ向かう。地蔵山から見た津軽海峡は雲に覆われていた。

なだらかな尾根道を千畳敷に向かう。

千畳敷着12時30分。正月の函館市街を望む。

御殿山を背景に全体写真を撮った後,しばらく食べたり,話したりしてから挨拶をして解散した。

暖冬で体が楽なのはいいが,登山愛好家としては冬山に雪が少ないのが心配だ。もう少し適度に降ってくれるといいのだが,都合のいい望みではある。いずれにせよ,今年一年の安全な登山を祈る。
午前10時頃ふれあいセンター駐車場を出発。この時は晴れていた。

宮の森コースを通って函館八幡宮へ向かう。雪のない冬の宮の森コースの風情は新鮮だった。

函館八幡宮へ下りる。

Fさんがどんど焼きで賽銭をお供え。

参拝を終え,七曲りコースへ向かう。地蔵山から見た津軽海峡は雲に覆われていた。

なだらかな尾根道を千畳敷に向かう。

千畳敷着12時30分。正月の函館市街を望む。

御殿山を背景に全体写真を撮った後,しばらく食べたり,話したりしてから挨拶をして解散した。

暖冬で体が楽なのはいいが,登山愛好家としては冬山に雪が少ないのが心配だ。もう少し適度に降ってくれるといいのだが,都合のいい望みではある。いずれにせよ,今年一年の安全な登山を祈る。
2024年01月01日
1月1日(月) 年頭のご挨拶
新年、明けましておめでとうございます。
いつも当ブログを訪問していただき、ありがとうございます。
新型コロナウイルス感染症が「5類」に移行された昨年は、東北ツアーとして秋田県、道内では大雪山系まで活動範囲を広げることができました。
まだ油断はできませんが、本年も感染に留意しながら、「函館山楽クラブ」の名のとおり、楽しい山行を企画・実施したいと思います。
新しい会員さんの入会を、心よりお待ちしています。連絡には、ブログの左欄下にある「オーナーへメッセージ」もご利用下さい。
~森町「ネイパル 森」から北海道駒ヶ岳・剣ヶ峯と右に円山~

いつも当ブログを訪問していただき、ありがとうございます。
新型コロナウイルス感染症が「5類」に移行された昨年は、東北ツアーとして秋田県、道内では大雪山系まで活動範囲を広げることができました。
まだ油断はできませんが、本年も感染に留意しながら、「函館山楽クラブ」の名のとおり、楽しい山行を企画・実施したいと思います。
新しい会員さんの入会を、心よりお待ちしています。連絡には、ブログの左欄下にある「オーナーへメッセージ」もご利用下さい。
~森町「ネイパル 森」から北海道駒ヶ岳・剣ヶ峯と右に円山~
