2024年04月23日
4月21日(日) 弥五兵衛岳(途中撤退)
弥五兵衛岳(649.9m)は北斗市の最高峰である二股岳(825.6m)の東隣りに位置し、大沼に流れ込む宿野辺川の上流部にあたる右股沢と左股沢に挟まれた山で、3年ぶりに訪れた。
前回よりも10日遅く、最近の高い気温のため雪解けが進んで笹薮の露出が懸念された。参加は21名。
「グリーンピア大沼」から1kmほど奥(西)に入った作業倉庫の前に車を停めさせてもらい、車止めゲートを8時43分に出発。雪が残っていない宿野辺川左股沢沿いの林道を歩く。
林道を15分ほど歩いて右の尾根に向かい、複雑に付けられた作業道を繋いで登っていく。
キタコブシ(北辛夷)の白い花が、青空に映えて美しい。
4月18日の太鼓山に続いて、ここでもフデリンドウ(筆竜胆)の芽を発見。
花を付けた、めでたい名前のフッキソウ(福貴草)。
上部林道にショートカットで上がる箇所は、短いながらも急な登りだった。
上部の林道を緩やかに辿っていく。残雪は現れてこない。
振り返ると、北海道駒ヶ岳の頂部に被っていた雲から、剣ヶ峯(1131m)が姿を現してくれた。
ようやく、僅かながら残雪が現れてきた。
雪が消えた地肌に出てきた薄緑色のフキノトウ(蕗の薹)は、春の使者のように健気で愛おしい。
林道が行き止まりになり、笹薮の尾根歩きに変る。笹の背丈はまだ低い。
目の高さにエゾヤマザクラ?(蝦夷山桜)の蕾、足元にはジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草)の葉。
標高点508ピークへの登りは背丈ほどの千島笹が生い茂り、傾斜も増してきた。
ここまでの間に、大きな瘤を付けたブナ(橅)の大樹を3本見かけた。コブが付いたブナなので「コブナ」…(^_^)。
ちなみに、1912(大正元)年に発表された唱歌「春の小川」で「えびやめだかや、小鮒の群れに…」の詞のモデルになった川は、現在の東京都渋谷区代々木界隈といわれている。
508ピークの頂上に近づくと、高さ3m・太さ2cmほどの千島笹の繁茂帯が待ち構えていた。
頂上まで標高差140m、距離800mほどを残す地点まで進んだが、前進に苦労する状態を考慮し、チーフ・サブリーダーと山行部員の相談により撤退することになった(10時58分)。
深い笹薮の中で目に付いたのは、ツルシキミ(蔓樒)の鮮やかな赤い実。
人数を確認し、508ピークから尾根を外さないように気を付けて下る。
笹の背丈が少し低くなったところで、エゾイチゲ(蝦夷一華)が名前通りに一輪だけ咲いていた。
林道の末端に到着。やや冷たい北北西の風を避けて、「リンドウ de ランチ」(25分間)。
枯れたブナの樹にサルノコシカケがたくさん付いていた。
茶色の殻を背負ったカタツムリは、笹の葉に乗せると美味しそうな和菓子にも見える。ずっしりと、結構な重さがあった。
北西方向が開けた林道で、通称・四九郎岳(左、759.0m)と同・五九郎岳(右、660m)を背景に集合写真を撮る。
これから植生の成長が日一日と進みそうだが、タラノキの芽はまだ固く、木の葉も開き始めたばかり。
上部林道を下っていくと、正面に北海道駒ヶ岳の剣ヶ峯が…。残雪は僅かになってきた。
上部林道から、宿野辺川左股沢沿いの林道に向かって、ショートカットで降りる。左の尾根が北北西風を遮ってくれるので、暖かい。
陽当たりが良い斜面でタチツボスミレ?(立坪菫)、下の林道沿いでネコノメソウ(猫の目草)とキクザキイチゲ(菊咲一華)を見かけた。エゾエンゴサク(蝦夷延胡索)もチラホラとあった(写真なし)。
右股沢と左股沢の合流点付近は、新緑のトンネルの中、雪解け水を集めて早瀬となっていた。春を感じる穏やかな風情。
13時50分、駐車場に到着して下山を終えた。点呼をとり、全員の安着を確認して解散した。
想定してはいたが、雪がほとんど残っていなかったため笹薮に阻まれ、途中で撤退することになった。しかし、本格的な春の到来を感じることができて、まずまずの楽しい山歩きであった。
2021年4月11日に弥五兵衛岳を訪れた際の様子は、こちらのブログをご覧ください。偶然にも、駐車場の出発時刻と到着時刻は、今回とほぼ同じでした。
前回よりも10日遅く、最近の高い気温のため雪解けが進んで笹薮の露出が懸念された。参加は21名。
「グリーンピア大沼」から1kmほど奥(西)に入った作業倉庫の前に車を停めさせてもらい、車止めゲートを8時43分に出発。雪が残っていない宿野辺川左股沢沿いの林道を歩く。
林道を15分ほど歩いて右の尾根に向かい、複雑に付けられた作業道を繋いで登っていく。
キタコブシ(北辛夷)の白い花が、青空に映えて美しい。
4月18日の太鼓山に続いて、ここでもフデリンドウ(筆竜胆)の芽を発見。
花を付けた、めでたい名前のフッキソウ(福貴草)。
上部林道にショートカットで上がる箇所は、短いながらも急な登りだった。
上部の林道を緩やかに辿っていく。残雪は現れてこない。
振り返ると、北海道駒ヶ岳の頂部に被っていた雲から、剣ヶ峯(1131m)が姿を現してくれた。
ようやく、僅かながら残雪が現れてきた。
雪が消えた地肌に出てきた薄緑色のフキノトウ(蕗の薹)は、春の使者のように健気で愛おしい。
林道が行き止まりになり、笹薮の尾根歩きに変る。笹の背丈はまだ低い。
目の高さにエゾヤマザクラ?(蝦夷山桜)の蕾、足元にはジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草)の葉。
標高点508ピークへの登りは背丈ほどの千島笹が生い茂り、傾斜も増してきた。
ここまでの間に、大きな瘤を付けたブナ(橅)の大樹を3本見かけた。コブが付いたブナなので「コブナ」…(^_^)。
ちなみに、1912(大正元)年に発表された唱歌「春の小川」で「えびやめだかや、小鮒の群れに…」の詞のモデルになった川は、現在の東京都渋谷区代々木界隈といわれている。
508ピークの頂上に近づくと、高さ3m・太さ2cmほどの千島笹の繁茂帯が待ち構えていた。
頂上まで標高差140m、距離800mほどを残す地点まで進んだが、前進に苦労する状態を考慮し、チーフ・サブリーダーと山行部員の相談により撤退することになった(10時58分)。
深い笹薮の中で目に付いたのは、ツルシキミ(蔓樒)の鮮やかな赤い実。
人数を確認し、508ピークから尾根を外さないように気を付けて下る。
笹の背丈が少し低くなったところで、エゾイチゲ(蝦夷一華)が名前通りに一輪だけ咲いていた。
林道の末端に到着。やや冷たい北北西の風を避けて、「リンドウ de ランチ」(25分間)。
枯れたブナの樹にサルノコシカケがたくさん付いていた。
茶色の殻を背負ったカタツムリは、笹の葉に乗せると美味しそうな和菓子にも見える。ずっしりと、結構な重さがあった。
北西方向が開けた林道で、通称・四九郎岳(左、759.0m)と同・五九郎岳(右、660m)を背景に集合写真を撮る。
これから植生の成長が日一日と進みそうだが、タラノキの芽はまだ固く、木の葉も開き始めたばかり。
上部林道を下っていくと、正面に北海道駒ヶ岳の剣ヶ峯が…。残雪は僅かになってきた。
上部林道から、宿野辺川左股沢沿いの林道に向かって、ショートカットで降りる。左の尾根が北北西風を遮ってくれるので、暖かい。
陽当たりが良い斜面でタチツボスミレ?(立坪菫)、下の林道沿いでネコノメソウ(猫の目草)とキクザキイチゲ(菊咲一華)を見かけた。エゾエンゴサク(蝦夷延胡索)もチラホラとあった(写真なし)。
右股沢と左股沢の合流点付近は、新緑のトンネルの中、雪解け水を集めて早瀬となっていた。春を感じる穏やかな風情。
13時50分、駐車場に到着して下山を終えた。点呼をとり、全員の安着を確認して解散した。
想定してはいたが、雪がほとんど残っていなかったため笹薮に阻まれ、途中で撤退することになった。しかし、本格的な春の到来を感じることができて、まずまずの楽しい山歩きであった。
2021年4月11日に弥五兵衛岳を訪れた際の様子は、こちらのブログをご覧ください。偶然にも、駐車場の出発時刻と到着時刻は、今回とほぼ同じでした。
2024年04月20日
4月18日(木) 太鼓山&俄虫沢
この時期の定番となっている自然部企画として、厚沢部町の太鼓山(171m)と俄虫沢を訪れ、「春の妖精」たちの姿を愛でた。参加はフリーを含めて22名。
道の駅「あっさぶ」で開店早々の買い物を済ませ、太鼓山スキー場の駐車場を9時32分に出発。林道をゆっくり登っていくと、脇にはいくつもの植生が目に入ってくる。先ず、オオウバユリ(大姥百合)の大きな葉。
花の後ろにある「距」が長いナガハシスミレ(長嘴菫)。別名はテングスミレ(天狗菫)。北海道南部と、本州の島根県までの主に日本海側に分布するという。
カタクリ(片栗)2態。
シラネアオイ(白根葵)は時期が早いのか、見かけた数は少なかった。
キバナイカリソウ(黄花碇草)の蕾が膨らんで、花を開くまでの4つの姿が見られた。
クロミノエンレイソウ(黒実延齢草)。
ヒトリシズカ(一人静)は、群生すると賑やか。
道幅が広いので、辺りを見回しながら歩いても大丈夫。
明るい空色のエゾエンゴサク(蝦夷延胡索)。赤紫色の花を付けた個体も見られる。
キクザキイチゲ(菊咲一華)。花弁のように見えるのは、がく片。
C120付近で林道は行き止まる。山道に入る前に休憩と水分補給。
山道に入ってすぐ、メンバーのひとりが二つのフデリンドウ(筆竜胆)の新芽を見つけた。「良い目をしているなあ~」と感心する(二つの目で二つの芽を発見)。
センボンヤリ(千本槍)は年に2回花を咲かせる(春型と秋型)。こちらは当然ながら、春型の花茎。
盛りは「これから」とか「まだまだ先」という植生たちも…。[左上]キジムシロ(雉莚)の蕾、[右上]ツルアリドオシ(蔓蟻通)の葉、[左下]クルマユリ(車百合)の葉、[右下]ヒメアオキ(姫青木)は光沢のある赤い実とテカテカ反射する葉が印象的な常緑低木。
太鼓山の頂上で、「はこだて自然倶楽部」ツアーのご一行とすれ違い、情報を交換した。
頂上を越えると、花の数が一段と増えてきた。カタクリが群生する斜面。
こちらはキクザキイチゲだらけの斜面。
太鼓山の下りから左前方に、若葉を開いてきたブナ(橅)と、その先はこの後に辿る標高点180ピーク。
C100の最低コルを通過し、標高点140ピークに向かう。
標高点140ピークを越え、ブナの大樹が立つ尾根を通って、C135付近で鶉地区の国道227号線「目名橋」付近から上がってきた林道に出る。
広くて乾いている林道で、時間をたっぷりとってランチタイムとする。
林道を200mほど進んで、標高点180ピークに向かう山道に入っていく。
この付近で見られた植生は、[左上]スミレサイシン(菫細辛)、[右上]アズキナ(小豆菜)、別名ユキザサ(雪笹)、[左下]クロモジ(黒文字)の花。枝や葉に精油成分が含まれ、枝を少し削ると甘く華やかでとても上品な香りがするため、高級爪楊枝にも使われる、[右下]ニリンソウ(二輪草)の花も出てきた。
地味なオクノカンスゲ(奥寒菅)、別名エゾカンスゲ(蝦夷寒菅)。
標高点180ピークを越えて俄虫沢に降り立つと、また賑やかな花園が迎えてくれた。陽が照って頭を持ち上げてきたカタクリの花。
花の蕾を二つ付けたニリンソウ。花弁のように見えるのはがく片なので、緑色になる個体もある(ミドリニリンソウ)。
コバイケイソウ(小梅蕙草)の大きな葉。
本日のメインイベントであるエゾノリュウキンカ(蝦夷立金花)の大群落地が見えてきた。
エゾノリュウキンカの群生地を背景に、恒例の集合写真に納まる。
エゾノリュウキンカの群生は、毎年のことながら圧巻。群生地の中に入って土や植物を荒らさないようにしたい。
花をアップで撮ると、五弁(稀に四弁)花の黄色と濃い緑葉との対比が美しい。
雪解けとともに、ミズバショウ(水芭蕉)とエゾノリュウキンカは一緒に花を咲かせる。
そのほかに見かけた植生4態。[左上]俄虫沢で良く見かけるホソバエゾエンゴサク(細葉蝦夷延胡索)、[右上]キバナノアマナ(黄花甘菜)、[左下]ネコノメソウ(猫目草)の名前は、果実ができると2つに裂けて種が現れ、それが猫の細い瞳孔のように見えるところから、[右下]花の時期が終わりに近づいたフクジュソウ(福寿草)。
大トリは、端正なキクザキイチゲで締め。
キタコブシ(北辛夷)の花に見送られると、俄虫沢の出口はそぐそこ。
広い農地に出ると、北には乙部岳(1016.9m)一角の峰々が…。
沢を出て畔道と農道を歩き、駐車場には13時43分到着。
駐車場で点呼をとり、全員の安着を確認して解散した。
約3時間20分の逍遥(昼食時間を除く)で、たくさんの「春の妖精」たちに出会えた。これから盛りを迎える植生も多くあり、暫くは山野草探訪が楽しめそう。
この日は函館市(五稜郭公園)で「さくらの開花」が観測された(平年より10日早く、昨年より4日遅い開花)。
道の駅「あっさぶ」で開店早々の買い物を済ませ、太鼓山スキー場の駐車場を9時32分に出発。林道をゆっくり登っていくと、脇にはいくつもの植生が目に入ってくる。先ず、オオウバユリ(大姥百合)の大きな葉。
花の後ろにある「距」が長いナガハシスミレ(長嘴菫)。別名はテングスミレ(天狗菫)。北海道南部と、本州の島根県までの主に日本海側に分布するという。
カタクリ(片栗)2態。
シラネアオイ(白根葵)は時期が早いのか、見かけた数は少なかった。
キバナイカリソウ(黄花碇草)の蕾が膨らんで、花を開くまでの4つの姿が見られた。
クロミノエンレイソウ(黒実延齢草)。
ヒトリシズカ(一人静)は、群生すると賑やか。
道幅が広いので、辺りを見回しながら歩いても大丈夫。
明るい空色のエゾエンゴサク(蝦夷延胡索)。赤紫色の花を付けた個体も見られる。
キクザキイチゲ(菊咲一華)。花弁のように見えるのは、がく片。
C120付近で林道は行き止まる。山道に入る前に休憩と水分補給。
山道に入ってすぐ、メンバーのひとりが二つのフデリンドウ(筆竜胆)の新芽を見つけた。「良い目をしているなあ~」と感心する(二つの目で二つの芽を発見)。
センボンヤリ(千本槍)は年に2回花を咲かせる(春型と秋型)。こちらは当然ながら、春型の花茎。
盛りは「これから」とか「まだまだ先」という植生たちも…。[左上]キジムシロ(雉莚)の蕾、[右上]ツルアリドオシ(蔓蟻通)の葉、[左下]クルマユリ(車百合)の葉、[右下]ヒメアオキ(姫青木)は光沢のある赤い実とテカテカ反射する葉が印象的な常緑低木。
太鼓山の頂上で、「はこだて自然倶楽部」ツアーのご一行とすれ違い、情報を交換した。
頂上を越えると、花の数が一段と増えてきた。カタクリが群生する斜面。
こちらはキクザキイチゲだらけの斜面。
太鼓山の下りから左前方に、若葉を開いてきたブナ(橅)と、その先はこの後に辿る標高点180ピーク。
C100の最低コルを通過し、標高点140ピークに向かう。
標高点140ピークを越え、ブナの大樹が立つ尾根を通って、C135付近で鶉地区の国道227号線「目名橋」付近から上がってきた林道に出る。
広くて乾いている林道で、時間をたっぷりとってランチタイムとする。
林道を200mほど進んで、標高点180ピークに向かう山道に入っていく。
この付近で見られた植生は、[左上]スミレサイシン(菫細辛)、[右上]アズキナ(小豆菜)、別名ユキザサ(雪笹)、[左下]クロモジ(黒文字)の花。枝や葉に精油成分が含まれ、枝を少し削ると甘く華やかでとても上品な香りがするため、高級爪楊枝にも使われる、[右下]ニリンソウ(二輪草)の花も出てきた。
地味なオクノカンスゲ(奥寒菅)、別名エゾカンスゲ(蝦夷寒菅)。
標高点180ピークを越えて俄虫沢に降り立つと、また賑やかな花園が迎えてくれた。陽が照って頭を持ち上げてきたカタクリの花。
花の蕾を二つ付けたニリンソウ。花弁のように見えるのはがく片なので、緑色になる個体もある(ミドリニリンソウ)。
コバイケイソウ(小梅蕙草)の大きな葉。
本日のメインイベントであるエゾノリュウキンカ(蝦夷立金花)の大群落地が見えてきた。
エゾノリュウキンカの群生地を背景に、恒例の集合写真に納まる。
エゾノリュウキンカの群生は、毎年のことながら圧巻。群生地の中に入って土や植物を荒らさないようにしたい。
花をアップで撮ると、五弁(稀に四弁)花の黄色と濃い緑葉との対比が美しい。
雪解けとともに、ミズバショウ(水芭蕉)とエゾノリュウキンカは一緒に花を咲かせる。
そのほかに見かけた植生4態。[左上]俄虫沢で良く見かけるホソバエゾエンゴサク(細葉蝦夷延胡索)、[右上]キバナノアマナ(黄花甘菜)、[左下]ネコノメソウ(猫目草)の名前は、果実ができると2つに裂けて種が現れ、それが猫の細い瞳孔のように見えるところから、[右下]花の時期が終わりに近づいたフクジュソウ(福寿草)。
大トリは、端正なキクザキイチゲで締め。
キタコブシ(北辛夷)の花に見送られると、俄虫沢の出口はそぐそこ。
広い農地に出ると、北には乙部岳(1016.9m)一角の峰々が…。
沢を出て畔道と農道を歩き、駐車場には13時43分到着。
駐車場で点呼をとり、全員の安着を確認して解散した。
約3時間20分の逍遥(昼食時間を除く)で、たくさんの「春の妖精」たちに出会えた。これから盛りを迎える植生も多くあり、暫くは山野草探訪が楽しめそう。
この日は函館市(五稜郭公園)で「さくらの開花」が観測された(平年より10日早く、昨年より4日遅い開花)。
2024年04月15日
4月14日(日) スボリコ山&釜谷富士
函館市の釜谷町地区にある通称・スボリコ山(304m)と釜谷町・小安町地区境にある通称・釜谷富士(243m)の低山をのんびりと周回して、春の到来を楽しんだ。参加はフリーを含めて32名と、最近では2023年11月5日の知内尖山に並ぶ大人数。
小安町地区の国道278号線沿いにある小安中央会館の駐車場に車を置かせてもらい、点呼とコース説明を済ませて9時30分に出発。高屋敷川の上流に向かう林道を進む。農地を隔てて中央に釜谷富士、左の奥にスボリコ山を望む。
正面には、これからスボリコ山(右の奥)に向かって辿る尾根の稜線。
出発から15分ほど歩いて、林道の車止めゲートに到着。すぐ右の谷を利用して、尾根に向かう。
ここまでに見かけた春の山野草は、[左上]ヒメオドリコソウ(姫踊り子草、ヨーロッパ原産)、[右上]カタクリ(片栗)の蕾、[左下]エンレイソウ(延齢草)の葉、[右下]ツクシ(土筆)。
谷の中でも目立つ黄色い花はナニワズ(難波津)。緑色の葉との対比が美しい。
スボリコ山に繋がる尾根の稜線に出る。柔らかい春の陽射しが心地よい。
この尾根稜線からスボリコ山腹まで、カタクリの花がたくさん開いていた。こちらは双子のように、並んで咲いた花。
尾根稜線を進む。標高点213を持つピークと、C210等高線が巻くピークを越える。
まだ花を残すフクジュソウ(福寿草)も姿を見せてきた。カタクリとフクジュソウの饗宴をどうぞ。
間もなく、スボリコ山手前の鞍部に到着。
鞍部で休憩して、スボリコ山への登りにかかる。頂上稜線までの標高差は120mほど。
ギョウジャニンニク(行者大蒜)の畑。じっと「何も採らない」。
間もなく頂上稜線(C305ほど)に到着する。
頂上稜線には、明るい空色のエゾエンゴサク(蝦夷延胡索)がチラホラと咲いていた。春の妖精(スプリング・エフェメラル)の一つ。
11時35分、スボリコ山の直下に到着。尖って狭い頂上には3組に分かれて登り、組ごとに集合写真を撮った。
一輪だけ見かけたコキンバイ(小金梅)の花。
頂上稜線を少し戻って南の尾根を下り、釜谷富士との鞍部に向かう。左手(南東方向)には釜谷漁港と汐首岬方面、津軽海峡越しに下北半島が霞んで見えた。
正面には釜谷富士。
広い鞍部でやや強い南西風を避けて、30分ほどゆったりとランチタイム。
鞍部から北西方向、辿ってきた里山稜線と奥の山並みを望む。
昼食を終えてスボリコ山を背に、「U字形」整列で全体集合写真に納まる。
鞍部から目の前の釜谷富士の頂上に向かう。春の山野草の代表格であるキクザキイチゲ(菊咲一華)がチラホラと…。
釜谷富士頂上の30mほど手前にザックを置いて、細く狭い岩尾根を5組に分かれて頂上を往復した。ブナの樹に咲いたザックの花(^_^)。
釜谷富士の狭い頂上で、組ごとに集合写真。
頂上から西方向の、下海岸と函館山を望む。
頂上から少し戻り、C200付近から南西の小さい尾根を下った。
麓に下りたところに、たくさんの花を付けたキタコブシ(北辛夷)の樹があった。背景は釜谷富士の頂上稜線。
国道278号線に出て歩道を歩き、14時17分に小安中央会館の駐車場へ戻った。駐車場で点呼と安着・慰労の挨拶、帰宅後のマダニ点検と咬まれていた際の処置を伝えて解散した。
大人数で、のんびりゆっくりと低山を逍遥して、春山をたっぷり楽しんだ。この日の函館市の日最高気温は20.4℃と、平年より9℃ほども高く、一気に初夏を思わせる陽気であった。
2021年3月17日、会山行としてスボリコ山に初めて登った際の様子は、こちらのブログをご覧ください。
小安町地区の国道278号線沿いにある小安中央会館の駐車場に車を置かせてもらい、点呼とコース説明を済ませて9時30分に出発。高屋敷川の上流に向かう林道を進む。農地を隔てて中央に釜谷富士、左の奥にスボリコ山を望む。
正面には、これからスボリコ山(右の奥)に向かって辿る尾根の稜線。
出発から15分ほど歩いて、林道の車止めゲートに到着。すぐ右の谷を利用して、尾根に向かう。
ここまでに見かけた春の山野草は、[左上]ヒメオドリコソウ(姫踊り子草、ヨーロッパ原産)、[右上]カタクリ(片栗)の蕾、[左下]エンレイソウ(延齢草)の葉、[右下]ツクシ(土筆)。
谷の中でも目立つ黄色い花はナニワズ(難波津)。緑色の葉との対比が美しい。
スボリコ山に繋がる尾根の稜線に出る。柔らかい春の陽射しが心地よい。
この尾根稜線からスボリコ山腹まで、カタクリの花がたくさん開いていた。こちらは双子のように、並んで咲いた花。
尾根稜線を進む。標高点213を持つピークと、C210等高線が巻くピークを越える。
まだ花を残すフクジュソウ(福寿草)も姿を見せてきた。カタクリとフクジュソウの饗宴をどうぞ。
間もなく、スボリコ山手前の鞍部に到着。
鞍部で休憩して、スボリコ山への登りにかかる。頂上稜線までの標高差は120mほど。
ギョウジャニンニク(行者大蒜)の畑。じっと「何も採らない」。
間もなく頂上稜線(C305ほど)に到着する。
頂上稜線には、明るい空色のエゾエンゴサク(蝦夷延胡索)がチラホラと咲いていた。春の妖精(スプリング・エフェメラル)の一つ。
11時35分、スボリコ山の直下に到着。尖って狭い頂上には3組に分かれて登り、組ごとに集合写真を撮った。
一輪だけ見かけたコキンバイ(小金梅)の花。
頂上稜線を少し戻って南の尾根を下り、釜谷富士との鞍部に向かう。左手(南東方向)には釜谷漁港と汐首岬方面、津軽海峡越しに下北半島が霞んで見えた。
正面には釜谷富士。
広い鞍部でやや強い南西風を避けて、30分ほどゆったりとランチタイム。
鞍部から北西方向、辿ってきた里山稜線と奥の山並みを望む。
昼食を終えてスボリコ山を背に、「U字形」整列で全体集合写真に納まる。
鞍部から目の前の釜谷富士の頂上に向かう。春の山野草の代表格であるキクザキイチゲ(菊咲一華)がチラホラと…。
釜谷富士頂上の30mほど手前にザックを置いて、細く狭い岩尾根を5組に分かれて頂上を往復した。ブナの樹に咲いたザックの花(^_^)。
釜谷富士の狭い頂上で、組ごとに集合写真。
頂上から西方向の、下海岸と函館山を望む。
頂上から少し戻り、C200付近から南西の小さい尾根を下った。
麓に下りたところに、たくさんの花を付けたキタコブシ(北辛夷)の樹があった。背景は釜谷富士の頂上稜線。
国道278号線に出て歩道を歩き、14時17分に小安中央会館の駐車場へ戻った。駐車場で点呼と安着・慰労の挨拶、帰宅後のマダニ点検と咬まれていた際の処置を伝えて解散した。
大人数で、のんびりゆっくりと低山を逍遥して、春山をたっぷり楽しんだ。この日の函館市の日最高気温は20.4℃と、平年より9℃ほども高く、一気に初夏を思わせる陽気であった。
2021年3月17日、会山行としてスボリコ山に初めて登った際の様子は、こちらのブログをご覧ください。
2024年04月11日
4月7日(日) 鹿部丸山(精進川東尾根コース)
青空が広がり、函館市の日最高気温が17.2℃と平年より7℃も高くなったこの日、会山行別組は3年ぶりに鹿部丸山(909.2m)を訪れた。横津岳頂上から北に流れ下る精進川(折戸川支流)東側の尾根を利用し、883峰付近からは北東に延びる支尾根を辿った。参加は会友・フリーのM夫妻を含めて12名。
以前の会山行では精進川林道C348付近の変則十字路(除雪終点)を発着点としたが、今回はC405付近のY字路まで除雪されていたので、ここまで車を乗り入れることができ、標高差で約60mの登降が稼げた。
車4台を縦列に停め、注意事項を伝えて6時32分に出発。スノーシューやワカンを手に提げて放牧地に出ると、左(北西)には朝日を受けた北海道駒ヶ岳(1131m)の秀麗な姿。右の山腹に見えるコブは、古い寄生火山の東円山(481.3m)。放牧地は、雪解けがかなり進んでいた。
雪面が締まっているので、放牧地の上部まで壷足で上がる。
放牧地の上部でスノーシューやワカンを装着して、樹林帯に入った。この地点で積雪は25cmくらい(前日に確認済み)あり、笹薮が頭を持ち上げ始めていたが、まだ大丈夫。尾根のC510付近(傾斜がやや急になる地点)まで来ると、積雪は十分にあった。
ミズナラの木の根回り穴(根開け)を見ると、積雪深は50cmほど。
C620付近を横切る林道で休憩。この林道は、旧精進川鉱山跡から上がってきて、鹿部丸山の西にある鞍部に繋がっている。
この先は樹林の密度が薄くなり、展望が開けてくる。C700付近で、北海道駒ヶ岳や大沼方面を眺めながら休憩。
北に95km離れた羊蹄山など、道央の山々も見通せた。内浦湾は一面の海霧。
ダケカンバの古木に付いた緑色の苔に、白いキノコが生えて(映えて)いた。
846峰の手前、C770付近からの急斜面は、右から回って高度を上げる。
846峰に近づくと、尾根は細くすっきりとしてくる。
8時33分、846峰に到着(ここまで登り2時間)。雨鱒川の谷を挟んで、目指す鹿部丸山(中央)とひとつ手前の880峰(右)を望む。鹿部丸山まで、まだ2時間ほどを要する。
846峰を下って、883峰(前方の樹林に覆われた山)との間にある鞍部の広い雪原に出る。左遠方は、函館市の最高峰である袴腰岳(1108.4m)。
883峰付近で、846峰と内浦湾を振り返りながら休憩。
883峰の次のピーク(892m)で主尾根を外れ、鹿部丸山に続く支尾根に向かう。屈曲地点から、横津岳の頂部周辺に建ち並ぶ通信施設群が見えた。
880峰に向かって、標高差50mほどの急な斜面を下る(帰りはこの登り返しがなかなか…)。
鹿部丸山の一つ手前にある880峰の頂上から少し先に進むと、ダケカンバの老いた巨木が堂々と聳え立っている。太い幹は大きなウロになっているが、広げた枝々は白く若々しい。敬意を込め、勝手に「ダケ爺」と呼んでいる。
少し先から、鹿部丸山の南端にある岩塔が見えた。
最終コルを越え、鹿部丸山への登りにかかる。
左の後方には、越えてきた846峰と、その右後方に砂蘭部岳(984.1m)、奥に遊楽部岳(1277m)・太櫓岳(1053.6m)が重なって見えた。
鹿部丸山の頂部南端にある岩塔に到着。岩の間に袴腰岳を入れて一枚。
鹿部丸山の頂部は広い雪原になっており、噴気(温度は低いようだ)の影響で多数の「落とし穴」が隠れている。
穴を踏み抜かないように、スノーモービルのトレースを辿って、右前方に見える最高地点(黒っぽい北岩塔の後ろ)に向かう。前を行くメンバーからほんの少し足を横に置いて、踏み抜いた人もご愛敬。
10時23分、北岩塔のすぐ先にある頂上に到着(登り:3時間50分)。山名標識を入れて集合写真に納まる。初めて頂上を踏んだメンバーは6名。
頂上からの展望をどうぞ。まず、東隣りの熊泊山と泣面山。南東に27km離れた一等三角点を持つ古部丸山と、黒っぽい恵山。
広い雪原の向こうには、横津岳から烏帽子岳、袴腰岳へと続く穏やかな連峰稜線。雪面に点在する黒っぽい部分は「落とし穴」。
袴腰岳から左(東方)に緩く下がる稜線の向こうに、ピョコンと頭を出す三森山(842.1m)。
やや強い南風を避けて、北向き斜面で北海道駒ヶ岳(砂原岳)を眺めながら、ゆったりとランチタイムとする(45分間)。
斜面のすぐ下に立つ樹木の根元で、小さなネズミ(ヒメネズミ?)が僅かな笹薮から雪の上に出たり戻ったり、木の幹に少し登ったり降りたりしていた。メンバーが食するランチに惹かれたのか、いちどはザックのところにも駆け寄ってきた。動きが素早いので、残念ながら写真には写せなかった。
お供え餅のような北岩塔の前で集合写真を撮り、11時10分、下山にかかる。
帰路、880峰を越えて急な登りを終えたところで、芽吹いたバッコヤナギ(?)が見られた。青空を背景にして、春を感じさせてくれた。
846峰の頂上に戻ると、このピークを目指した組が作ってくれた雪ダルマが出迎えてくれた(当ブログ「4月7日 846峰」参照)。鹿部丸山組の疲れを癒そうと、参加者6名で作ったとのことで、感謝。
スヌーピーかなと思ったが、衣装(飾り)が少し変わっていたり場所がずれたりしていたので、雪ダルマが着替えたり動いたりしたのだろうか(^_^)。ちなみに、「4月7日 846峰」での雪ダルマ撮影時刻と、この写真の撮影時刻の差は、1時間35分。
尾根の樹林帯を抜けて上部の放牧地に出ると、西方に二股岳から三九郎岳に続く山並みが見えた。前日に樹林帯入口の積雪状況を確認に来た時に撮った写真(下の2枚目)と比べると、雪解けが一気に進んだように思えた(太陽光の当たり方の違いもあるが…)。
駒ヶ岳を正面に見て、広い放牧地を余韻に浸りながらゆっくり下る。
14時10分、精進川林道C405付近のY字路に到着し、無事に下山を終えた(下り:3時間ちょうど)。安着とねぎらいの挨拶、最高気温が高い状態が続くので山行時にはブロック雪崩に注意することを確認し、現地で解散した。
車が少し奥まで入れて所要時間を短縮できたが、7時間ほどの実動は疲れた。それでも、暖かい気温と青空、展望に恵まれ、今シーズン最後になるであろう雪山山行を存分に楽しめた。「846峰組」が14時少し前に下山を終えていたそうで、僅かな時間差で合流できずに残念であったが、雪ダルマのサプライズもあって幸せな一日であった。
★おまけ①:鹿部丸山と846峰の山容
鹿部町内から鹿部丸山と846峰を望む(2020年3月25日撮影)。
★おまけ②:過去に試登した鹿部丸山の別コース
2017年3月18日、今回辿ったコースと反対側(頂上の北東側)の常呂川ダム付近から未踏のコースを試登した際の様子は、こちらの旧ブログをご覧ください。
このコースは、熊泊山積雪期取り付き点から奥の林道が車通行にスリップ・路肩逸脱などの危険を伴うため、それ以降、当クラブでは利用していません。
以前の会山行では精進川林道C348付近の変則十字路(除雪終点)を発着点としたが、今回はC405付近のY字路まで除雪されていたので、ここまで車を乗り入れることができ、標高差で約60mの登降が稼げた。
車4台を縦列に停め、注意事項を伝えて6時32分に出発。スノーシューやワカンを手に提げて放牧地に出ると、左(北西)には朝日を受けた北海道駒ヶ岳(1131m)の秀麗な姿。右の山腹に見えるコブは、古い寄生火山の東円山(481.3m)。放牧地は、雪解けがかなり進んでいた。
雪面が締まっているので、放牧地の上部まで壷足で上がる。
放牧地の上部でスノーシューやワカンを装着して、樹林帯に入った。この地点で積雪は25cmくらい(前日に確認済み)あり、笹薮が頭を持ち上げ始めていたが、まだ大丈夫。尾根のC510付近(傾斜がやや急になる地点)まで来ると、積雪は十分にあった。
ミズナラの木の根回り穴(根開け)を見ると、積雪深は50cmほど。
C620付近を横切る林道で休憩。この林道は、旧精進川鉱山跡から上がってきて、鹿部丸山の西にある鞍部に繋がっている。
この先は樹林の密度が薄くなり、展望が開けてくる。C700付近で、北海道駒ヶ岳や大沼方面を眺めながら休憩。
北に95km離れた羊蹄山など、道央の山々も見通せた。内浦湾は一面の海霧。
ダケカンバの古木に付いた緑色の苔に、白いキノコが生えて(映えて)いた。
846峰の手前、C770付近からの急斜面は、右から回って高度を上げる。
846峰に近づくと、尾根は細くすっきりとしてくる。
8時33分、846峰に到着(ここまで登り2時間)。雨鱒川の谷を挟んで、目指す鹿部丸山(中央)とひとつ手前の880峰(右)を望む。鹿部丸山まで、まだ2時間ほどを要する。
846峰を下って、883峰(前方の樹林に覆われた山)との間にある鞍部の広い雪原に出る。左遠方は、函館市の最高峰である袴腰岳(1108.4m)。
883峰付近で、846峰と内浦湾を振り返りながら休憩。
883峰の次のピーク(892m)で主尾根を外れ、鹿部丸山に続く支尾根に向かう。屈曲地点から、横津岳の頂部周辺に建ち並ぶ通信施設群が見えた。
880峰に向かって、標高差50mほどの急な斜面を下る(帰りはこの登り返しがなかなか…)。
鹿部丸山の一つ手前にある880峰の頂上から少し先に進むと、ダケカンバの老いた巨木が堂々と聳え立っている。太い幹は大きなウロになっているが、広げた枝々は白く若々しい。敬意を込め、勝手に「ダケ爺」と呼んでいる。
少し先から、鹿部丸山の南端にある岩塔が見えた。
最終コルを越え、鹿部丸山への登りにかかる。
左の後方には、越えてきた846峰と、その右後方に砂蘭部岳(984.1m)、奥に遊楽部岳(1277m)・太櫓岳(1053.6m)が重なって見えた。
鹿部丸山の頂部南端にある岩塔に到着。岩の間に袴腰岳を入れて一枚。
鹿部丸山の頂部は広い雪原になっており、噴気(温度は低いようだ)の影響で多数の「落とし穴」が隠れている。
穴を踏み抜かないように、スノーモービルのトレースを辿って、右前方に見える最高地点(黒っぽい北岩塔の後ろ)に向かう。前を行くメンバーからほんの少し足を横に置いて、踏み抜いた人もご愛敬。
10時23分、北岩塔のすぐ先にある頂上に到着(登り:3時間50分)。山名標識を入れて集合写真に納まる。初めて頂上を踏んだメンバーは6名。
頂上からの展望をどうぞ。まず、東隣りの熊泊山と泣面山。南東に27km離れた一等三角点を持つ古部丸山と、黒っぽい恵山。
広い雪原の向こうには、横津岳から烏帽子岳、袴腰岳へと続く穏やかな連峰稜線。雪面に点在する黒っぽい部分は「落とし穴」。
袴腰岳から左(東方)に緩く下がる稜線の向こうに、ピョコンと頭を出す三森山(842.1m)。
やや強い南風を避けて、北向き斜面で北海道駒ヶ岳(砂原岳)を眺めながら、ゆったりとランチタイムとする(45分間)。
斜面のすぐ下に立つ樹木の根元で、小さなネズミ(ヒメネズミ?)が僅かな笹薮から雪の上に出たり戻ったり、木の幹に少し登ったり降りたりしていた。メンバーが食するランチに惹かれたのか、いちどはザックのところにも駆け寄ってきた。動きが素早いので、残念ながら写真には写せなかった。
お供え餅のような北岩塔の前で集合写真を撮り、11時10分、下山にかかる。
帰路、880峰を越えて急な登りを終えたところで、芽吹いたバッコヤナギ(?)が見られた。青空を背景にして、春を感じさせてくれた。
846峰の頂上に戻ると、このピークを目指した組が作ってくれた雪ダルマが出迎えてくれた(当ブログ「4月7日 846峰」参照)。鹿部丸山組の疲れを癒そうと、参加者6名で作ったとのことで、感謝。
スヌーピーかなと思ったが、衣装(飾り)が少し変わっていたり場所がずれたりしていたので、雪ダルマが着替えたり動いたりしたのだろうか(^_^)。ちなみに、「4月7日 846峰」での雪ダルマ撮影時刻と、この写真の撮影時刻の差は、1時間35分。
尾根の樹林帯を抜けて上部の放牧地に出ると、西方に二股岳から三九郎岳に続く山並みが見えた。前日に樹林帯入口の積雪状況を確認に来た時に撮った写真(下の2枚目)と比べると、雪解けが一気に進んだように思えた(太陽光の当たり方の違いもあるが…)。
駒ヶ岳を正面に見て、広い放牧地を余韻に浸りながらゆっくり下る。
14時10分、精進川林道C405付近のY字路に到着し、無事に下山を終えた(下り:3時間ちょうど)。安着とねぎらいの挨拶、最高気温が高い状態が続くので山行時にはブロック雪崩に注意することを確認し、現地で解散した。
車が少し奥まで入れて所要時間を短縮できたが、7時間ほどの実動は疲れた。それでも、暖かい気温と青空、展望に恵まれ、今シーズン最後になるであろう雪山山行を存分に楽しめた。「846峰組」が14時少し前に下山を終えていたそうで、僅かな時間差で合流できずに残念であったが、雪ダルマのサプライズもあって幸せな一日であった。
★おまけ①:鹿部丸山と846峰の山容
鹿部町内から鹿部丸山と846峰を望む(2020年3月25日撮影)。
★おまけ②:過去に試登した鹿部丸山の別コース
2017年3月18日、今回辿ったコースと反対側(頂上の北東側)の常呂川ダム付近から未踏のコースを試登した際の様子は、こちらの旧ブログをご覧ください。
このコースは、熊泊山積雪期取り付き点から奥の林道が車通行にスリップ・路肩逸脱などの危険を伴うため、それ以降、当クラブでは利用していません。
2024年04月10日
4月7日(日) 846峰
846峰は鹿部丸山の途中にあるピークで,雪山をゆっくり楽しみたいメンバーのために企画した。同日に鹿部丸山の山行もあり,そちらのパーティは6時過ぎには出発している。われわれは8時半頃に現地に到着し,牧場脇まで歩いてスノーシューを履いた。快晴のもと,すでにこの時点で駒ケ岳や大沼の展望に見とれる。
駒ケ岳を背景に準備。
鹿部方面は海霧に隠れている。
羊蹄山もよく見えたが,写真はうまく撮れなかった。
一時間ほど歩くと巨大なダケカンバがいくつも現れる。
10時25分やっと林を抜け,駒ケ岳がまたよく見えて来た。
駒ケ岳を背景に全体写真。
11時10分846峰到着。先ずは全体写真。
ここから少し進むと木の間隠れに横津岳のレーダー群が見えた。
以前にどこかの山で他のパーティが雪だるまを作っていたこと,それで気持ちが和んだことを思い出し,鹿部丸山組を雪だるまでお迎えしようと思いついた。みんなで大小二つの雪だるまを作り,丸山組の来る方向に向けて並べた。みなさんが来るまで解けないといいのだが。
ピークは風が当たっていたので少し戻って昼食とした。下山もゆっくり歩いていれば丸山組が追いついて来るかもと思って,木々の様子を楽しみながら降りた。ゆっくり歩いているといつもより目に入って来る情報量が格段に多く,よく目についたのはつる植物がまっすぐ立って他の木に巻き付いていることだった。今まで全く気付かなかったことだ。C709辺りまで下りるとまた駒ケ岳が見えなくなるので一枚撮っておいた。
13時27分牧場到着。最後にパノラマで駒ケ岳・大沼を撮ってみた。
雪の牧場を後にして車まで戻り,帰り支度・挨拶を済ませて解散したのが14時少し前。後で聞くと丸山組は14時10分に下山したとのこと。もう少し待っていたら会えていたなあ!
駒ケ岳を背景に準備。
鹿部方面は海霧に隠れている。
羊蹄山もよく見えたが,写真はうまく撮れなかった。
一時間ほど歩くと巨大なダケカンバがいくつも現れる。
10時25分やっと林を抜け,駒ケ岳がまたよく見えて来た。
駒ケ岳を背景に全体写真。
11時10分846峰到着。先ずは全体写真。
ここから少し進むと木の間隠れに横津岳のレーダー群が見えた。
以前にどこかの山で他のパーティが雪だるまを作っていたこと,それで気持ちが和んだことを思い出し,鹿部丸山組を雪だるまでお迎えしようと思いついた。みんなで大小二つの雪だるまを作り,丸山組の来る方向に向けて並べた。みなさんが来るまで解けないといいのだが。
ピークは風が当たっていたので少し戻って昼食とした。下山もゆっくり歩いていれば丸山組が追いついて来るかもと思って,木々の様子を楽しみながら降りた。ゆっくり歩いているといつもより目に入って来る情報量が格段に多く,よく目についたのはつる植物がまっすぐ立って他の木に巻き付いていることだった。今まで全く気付かなかったことだ。C709辺りまで下りるとまた駒ケ岳が見えなくなるので一枚撮っておいた。
13時27分牧場到着。最後にパノラマで駒ケ岳・大沼を撮ってみた。
雪の牧場を後にして車まで戻り,帰り支度・挨拶を済ませて解散したのが14時少し前。後で聞くと丸山組は14時10分に下山したとのこと。もう少し待っていたら会えていたなあ!
2024年04月02日
3月31日(日) 白老岳・北白老岳
支笏湖の南西、美笛峠の南に位置する秀峰・白老岳(968m)を、6年ぶりに訪れた。国道267号線の大笛橋付近から標高点617がある尾根を登り、下りは本峰の北東にある通称・北白老岳(944.9m)を経由して周回した。参加は10名。
国道267号線(453号線と重複)の大笛橋付近駐車スペースを9時5分に出発。国道の脇を美笛峠方面に250mほど歩き、大笛橋を渡った先(C520付近)で尾根の末端に取り付いた。国道から少し上がってスノーシューやわかんを装着し、やや急な斜面を登り始める。
急な登りは標高差70mほどで終わり、あとは緩やかで広い尾根を辿っていく。
尾根上のC620付近から、右前方に白老岳の本峰が望めた。その手前に通称・前山(872m)の丸い山体が重なっている。
西風がやや強く雲も多かったが、青空が覗いて陽が射すと春の雰囲気が感じられる。
尾根から北東方向、送電線が走る沢向こうの尾根の陰から、恵庭岳が頂部を現してきた。
尾根の傾斜が増してくると、前山は近い。
前山の丸い頂上に到着。白老岳の頂部を背景に、1枚目の集合写真を撮る。
前山から北東~北方向に、恵庭岳から漁岳、札幌岳方面を望む。
北西方向には、「夫婦山」である羊蹄山と尻別岳が並んで見えた。アイヌ語で羊蹄山はマチネシリ(女山)、尻別岳はピンネシリ(男山)と呼ばれた。貫気別山(ぬっきべつやま)の山腹から頂上には、留寿都村のスキー場がある。通称・イゾラ山(Mt.イゾラ)とも。
前山から白老岳との鞍部まで標高差20mほどだが、傾斜が急なため前山の南西山腹を大きく巻いて下った。ここから、最後の標高差120mほどの登りにかかる。
本峰直下の登りは傾斜が急で滑落や雪崩の危険があるため、正面右手の樹林帯の中を詰めていく。
頂上を覆うハイマツ帯の際を、足元に注意して慎重に進む。
11時45分、白老岳の頂上に到着。西風が強くて寒い中、2枚目の集合写真に納まる。
頂上から南西方向を望む。すぐ目の前に通称・南白老岳、7kmほど先には優美な姿の徳舜瞥山とホロホロ山。
反対の北東方向には、このあと下山で辿る予定の通称・北白老岳(中央の台形)。写真右下の鞍部は右(南方向)に流れ落ちる白老川の源頭だが、やや広い雪原に見えるほどの大きな雪庇になっていた。
頂上から北白老岳との鞍部に向かう。ここは、今回のコースの下りで最も傾斜がきつかった。中央の遠くは、15kmほど離れた風不死岳(左の三角形)と樽前山(右のドーム)。
普通のスノーシューは踵が落ちないので、急な下りでは体勢の保持に苦労する。やや広い斜面でジグを切ったり、横向きで下がったりしながら、ゆっくり慎重に…。左奥に恵庭岳が見えている。
到着した鞍部ではダケカンバなどの林に入り、風を避けてランチタイムとした(25分間)。
上の写真で右端に岩壁を持つ932ピークの山腹を巻いて、鞍部から右側(東側)の雪庇に注意しながら北白老岳に上がる。
北白老岳の頂上に立つと、陽が射してきた。恵庭岳の頂部を間に入れて、気分良く3枚目の集合写真に納まる。
北白老岳からは、東~北方向の展望が素晴らしかった。先ず、東に風不死岳と樽前山。その左に支笏湖と、頂上にNTT無線中継所がある紋別岳。
北東には、中央に恵庭岳、左に漁岳。恵庭岳の右奥には、小さくイチャンコッペ山も見えた。
北には、狭薄山(さうすやま)とすぐ左奥の札幌岳が、ほぼ重なって見えた。無意根山(1464m)などがある北西方向は雲がかかって、遠望は効かなかった。
北白老岳から、北西にのびる尾根を下る。左手(南西方向)には白老岳本峰と前山、その間に三角形の南白老岳。
正面の遠くに羊蹄山と尻別岳を眺めながら、尾根を辿る。
尾根のC650から下は緩やかで広い。気持ち良く歩を進めていく。
長流川(おさるがわ)支流の二の沢川に沿う林道の車止めゲートに到着して小休止。
ここは林道の丁字路になっており、冬期登山のコース案内標識が付けられていた。右奥に向かう林道を進むと、白老岳のどの地点に至るのだろうか。
林道の車止めゲートの先に国道が見てきた。ここでスノーシューやワカンを外し、国道の脇を650mほど歩いて車に戻った。15時10分、駐車スペースに到着して下山を終了。
駐車スペースで安着とねぎらいの挨拶を済ませ、現地で解散した。車二台は函館に直帰し、一台は途中の街に立ち寄り、あとの一台は壮瞥町の温泉に向かった。
西風がやや強くて寒かったが、ときおり青空が覗いて陽射しが届いた。なによりも遠くまで見通せて、支笏湖と恵庭岳・漁岳、風不死岳・樽前山、ホロホロ山・徳舜瞥山、羊蹄山・尻別岳などの大展望を楽しむことができた。
国道267号線(453号線と重複)の大笛橋付近駐車スペースを9時5分に出発。国道の脇を美笛峠方面に250mほど歩き、大笛橋を渡った先(C520付近)で尾根の末端に取り付いた。国道から少し上がってスノーシューやわかんを装着し、やや急な斜面を登り始める。
急な登りは標高差70mほどで終わり、あとは緩やかで広い尾根を辿っていく。
尾根上のC620付近から、右前方に白老岳の本峰が望めた。その手前に通称・前山(872m)の丸い山体が重なっている。
西風がやや強く雲も多かったが、青空が覗いて陽が射すと春の雰囲気が感じられる。
尾根から北東方向、送電線が走る沢向こうの尾根の陰から、恵庭岳が頂部を現してきた。
尾根の傾斜が増してくると、前山は近い。
前山の丸い頂上に到着。白老岳の頂部を背景に、1枚目の集合写真を撮る。
前山から北東~北方向に、恵庭岳から漁岳、札幌岳方面を望む。
北西方向には、「夫婦山」である羊蹄山と尻別岳が並んで見えた。アイヌ語で羊蹄山はマチネシリ(女山)、尻別岳はピンネシリ(男山)と呼ばれた。貫気別山(ぬっきべつやま)の山腹から頂上には、留寿都村のスキー場がある。通称・イゾラ山(Mt.イゾラ)とも。
前山から白老岳との鞍部まで標高差20mほどだが、傾斜が急なため前山の南西山腹を大きく巻いて下った。ここから、最後の標高差120mほどの登りにかかる。
本峰直下の登りは傾斜が急で滑落や雪崩の危険があるため、正面右手の樹林帯の中を詰めていく。
頂上を覆うハイマツ帯の際を、足元に注意して慎重に進む。
11時45分、白老岳の頂上に到着。西風が強くて寒い中、2枚目の集合写真に納まる。
頂上から南西方向を望む。すぐ目の前に通称・南白老岳、7kmほど先には優美な姿の徳舜瞥山とホロホロ山。
反対の北東方向には、このあと下山で辿る予定の通称・北白老岳(中央の台形)。写真右下の鞍部は右(南方向)に流れ落ちる白老川の源頭だが、やや広い雪原に見えるほどの大きな雪庇になっていた。
頂上から北白老岳との鞍部に向かう。ここは、今回のコースの下りで最も傾斜がきつかった。中央の遠くは、15kmほど離れた風不死岳(左の三角形)と樽前山(右のドーム)。
普通のスノーシューは踵が落ちないので、急な下りでは体勢の保持に苦労する。やや広い斜面でジグを切ったり、横向きで下がったりしながら、ゆっくり慎重に…。左奥に恵庭岳が見えている。
到着した鞍部ではダケカンバなどの林に入り、風を避けてランチタイムとした(25分間)。
上の写真で右端に岩壁を持つ932ピークの山腹を巻いて、鞍部から右側(東側)の雪庇に注意しながら北白老岳に上がる。
北白老岳の頂上に立つと、陽が射してきた。恵庭岳の頂部を間に入れて、気分良く3枚目の集合写真に納まる。
北白老岳からは、東~北方向の展望が素晴らしかった。先ず、東に風不死岳と樽前山。その左に支笏湖と、頂上にNTT無線中継所がある紋別岳。
北東には、中央に恵庭岳、左に漁岳。恵庭岳の右奥には、小さくイチャンコッペ山も見えた。
北には、狭薄山(さうすやま)とすぐ左奥の札幌岳が、ほぼ重なって見えた。無意根山(1464m)などがある北西方向は雲がかかって、遠望は効かなかった。
北白老岳から、北西にのびる尾根を下る。左手(南西方向)には白老岳本峰と前山、その間に三角形の南白老岳。
正面の遠くに羊蹄山と尻別岳を眺めながら、尾根を辿る。
尾根のC650から下は緩やかで広い。気持ち良く歩を進めていく。
長流川(おさるがわ)支流の二の沢川に沿う林道の車止めゲートに到着して小休止。
ここは林道の丁字路になっており、冬期登山のコース案内標識が付けられていた。右奥に向かう林道を進むと、白老岳のどの地点に至るのだろうか。
林道の車止めゲートの先に国道が見てきた。ここでスノーシューやワカンを外し、国道の脇を650mほど歩いて車に戻った。15時10分、駐車スペースに到着して下山を終了。
駐車スペースで安着とねぎらいの挨拶を済ませ、現地で解散した。車二台は函館に直帰し、一台は途中の街に立ち寄り、あとの一台は壮瞥町の温泉に向かった。
西風がやや強くて寒かったが、ときおり青空が覗いて陽射しが届いた。なによりも遠くまで見通せて、支笏湖と恵庭岳・漁岳、風不死岳・樽前山、ホロホロ山・徳舜瞥山、羊蹄山・尻別岳などの大展望を楽しむことができた。
2024年03月25日
3月24日(日) 三九郎岳
三九郎岳と北峰に登頂
最近は三九郎岳(802m)だけでなく通称・四九郎岳(759.0m)と五九郎岳(660m)の踏破にトライしてきたが、今年は三九郎岳のピストンにした。
グリーンピア奥のゲート前で準備をして7時20分に出発。今回の参加は14名。天気は良好で期待が持てる。
雪解けが早く、スノーシュー・かんじきを背負っての出発を心配していたが、しっかり雪が残って固く締まっていたので、最初から最後までスノーシューで歩くことができた。つぼ足の者もあり。
登りはじめて直ぐ、キツツキ類の食痕である見事な穴が見られた。こんなに木をつついて「むち打ち症」にならないのか? 深く穴を掘る労力に見合うだけ餌の虫を得られるのか? 素朴な疑問が浮かぶ(キツツキの勝手でしょー)。
生命力が感じられ、期待が高まる。やはり春はいい。
適時に休憩。水分・栄養補給をする。
駒ヶ岳方向を見る。
駒ヶ岳では昨日、23年ぶりに火山性微動が観測されており、今後、さらに火山活動が活発化した場合は、現在の噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げとなる心配がある。
間もなく山頂(北峰との分岐付近)。
山頂付近から見た函館山。
三九郎岳の山頂。先頭グループは10時5分着。かなり早く2時間45分での登頂。ちょっと速すぎたかも。
北峰(817m)の山頂には10時35分着。山頂標識板の樹木への溶け込みがすごい。
駒ヶ岳と大沼方向。
風があまり当たらないところを探し、景色をおかずに10時45分から11時10分頃までランチ(かなりの早飯)。
木のアーチ。
11時12分頃下山開始。二股岳方向を見る。
右股沢の林道分岐まで戻れば安心、車までもうすぐ。
13時15分頃、約2時間で全員怪我なく下山できた。
天候に恵まれ暖かく、遠景も楽しめ、春を感じられた満足できる山行であった。
最近は三九郎岳(802m)だけでなく通称・四九郎岳(759.0m)と五九郎岳(660m)の踏破にトライしてきたが、今年は三九郎岳のピストンにした。
グリーンピア奥のゲート前で準備をして7時20分に出発。今回の参加は14名。天気は良好で期待が持てる。
雪解けが早く、スノーシュー・かんじきを背負っての出発を心配していたが、しっかり雪が残って固く締まっていたので、最初から最後までスノーシューで歩くことができた。つぼ足の者もあり。
登りはじめて直ぐ、キツツキ類の食痕である見事な穴が見られた。こんなに木をつついて「むち打ち症」にならないのか? 深く穴を掘る労力に見合うだけ餌の虫を得られるのか? 素朴な疑問が浮かぶ(キツツキの勝手でしょー)。
生命力が感じられ、期待が高まる。やはり春はいい。
適時に休憩。水分・栄養補給をする。
駒ヶ岳方向を見る。
駒ヶ岳では昨日、23年ぶりに火山性微動が観測されており、今後、さらに火山活動が活発化した場合は、現在の噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げとなる心配がある。
間もなく山頂(北峰との分岐付近)。
山頂付近から見た函館山。
三九郎岳の山頂。先頭グループは10時5分着。かなり早く2時間45分での登頂。ちょっと速すぎたかも。
北峰(817m)の山頂には10時35分着。山頂標識板の樹木への溶け込みがすごい。
駒ヶ岳と大沼方向。
風があまり当たらないところを探し、景色をおかずに10時45分から11時10分頃までランチ(かなりの早飯)。
木のアーチ。
11時12分頃下山開始。二股岳方向を見る。
右股沢の林道分岐まで戻れば安心、車までもうすぐ。
13時15分頃、約2時間で全員怪我なく下山できた。
天候に恵まれ暖かく、遠景も楽しめ、春を感じられた満足できる山行であった。
2024年03月15日
3月13日(水) 木古内町「幸連沼」
自然部企画として、木古内町・幸連(こうれん)地区の山間にある「幸連沼」と周辺を訪れた。道南の山と地理に詳しい方に教えて頂き、お忙しい中を実踏案内もお願いして実行した。参加は23名。
参加者は銘々で木古内町サラキ岬の駐車場に集合し、ここから車に乗り合わせて(台数を減らして)現地に向かった。
車の調整中に晴天の下、岬から西方の展望をカメラに収めた。先ずは知内山塊から。
こちらは七ッ岳を中心とした山々。
上の景観の左端遠く、大千軒岳を中心とする山塊が霞んでいた。
道南いさりび鉄道の木古内町「札刈駅」の手前から幸連地区の山間に入って、標高点23m先の針葉樹林帯道路脇に縦列駐車する。
道路脇の樹林帯入り口で点呼と注意事項を伝え、9時55分に出発。
樹林帯を少し突っ切って、旧い林道を上がっていく。積雪は少なく締まっていて、長靴のメンバーもあまり苦労せずに歩いていた。
10分ほど歩いて、衣服調整の小休止をとる。
羆の爪痕が付いたブナの幹。
ミズナラが主体の広葉樹林帯を、緩やかに登っていく。
旧い林道の南側斜面は雪が消え、青空と相まって春の雰囲気が広がっていた。
旧い林道を1.2kmほど歩いた地点から、幸連沼に向かって少し下がる。
出発から約50分で、幸連沼に到着した。沼は南北135m、東西35mのこぢんまりとした広さ。沼全体はまだ結氷していたが、岸辺には氷が緩んでいる箇所もあった。
この沼には古い伝説がある。昔、沼を訪れた村人が岸辺にたたずむ白い着物の女性を見て物の怪(もののけ)の類だと思い、すぐさま村に帰った。村でその話をしたところ、人々は口々に「それはここで身投げして死んだ女性の霊、もしくは沼の主の大蛇(おろち)の化身ではないか」と噂したという。
沼からは南東に位置する標高点159のピークを経由して、尾根伝いに出発点へ戻ることになった。ピーク手前のコルに向けて沼を離れる。
コルへ登る途中で見かけたエビネ類の葉。
コルへの登りには、やや急な箇所があった。
コルからは尾根伝いに、標高点159のピークに向かう。
振り返った南斜面は雪が消えて地肌が現れ、春山の装いを思わせる。
エゾシカの足跡は、見飽きるほど沢山付いていた。
間もなく標高点159のピークに到着。
ピークからは、残念ながら展望が得られなかった。クロモジ類の灌木が少々うるさいが、ここで恒例の全体集合写真を撮る。
ピークから、南西に伸びる尾根を下がっていく。途中で営林作業の小径が尾根を横切っており、その脇に根元が変形したハリギリの樹があった。
尾根上のC190付近のやや開けた場所でランチタイム(約30分間)。この場所で、エゾシカの寝床をいくつか見かけた。
上記場所からは、やや急な尾根通しに下がるグループと、遠回りになるが緩く下ってから樹林帯経由で合流するグループに分かれた。
やや急な尾根の途中で見かけた、秋の名残りの赤い実。
こちらは春に向けて、成長の準備をしているイワナシの葉。
12時50分、出発地点の道路脇に到着して下山を終えた。
ここから車で少し離れた「幸連育成牧場」に移動して、標高点126の小高い丘から津軽海峡や函館湾・函館山の展望を楽しむ行程であったが、予定時刻を過ぎていたため次回のお楽しみとなった。
参加者は銘々で木古内町サラキ岬の駐車場に集合し、ここから車に乗り合わせて(台数を減らして)現地に向かった。
車の調整中に晴天の下、岬から西方の展望をカメラに収めた。先ずは知内山塊から。
こちらは七ッ岳を中心とした山々。
上の景観の左端遠く、大千軒岳を中心とする山塊が霞んでいた。
道南いさりび鉄道の木古内町「札刈駅」の手前から幸連地区の山間に入って、標高点23m先の針葉樹林帯道路脇に縦列駐車する。
道路脇の樹林帯入り口で点呼と注意事項を伝え、9時55分に出発。
樹林帯を少し突っ切って、旧い林道を上がっていく。積雪は少なく締まっていて、長靴のメンバーもあまり苦労せずに歩いていた。
10分ほど歩いて、衣服調整の小休止をとる。
羆の爪痕が付いたブナの幹。
ミズナラが主体の広葉樹林帯を、緩やかに登っていく。
旧い林道の南側斜面は雪が消え、青空と相まって春の雰囲気が広がっていた。
旧い林道を1.2kmほど歩いた地点から、幸連沼に向かって少し下がる。
出発から約50分で、幸連沼に到着した。沼は南北135m、東西35mのこぢんまりとした広さ。沼全体はまだ結氷していたが、岸辺には氷が緩んでいる箇所もあった。
この沼には古い伝説がある。昔、沼を訪れた村人が岸辺にたたずむ白い着物の女性を見て物の怪(もののけ)の類だと思い、すぐさま村に帰った。村でその話をしたところ、人々は口々に「それはここで身投げして死んだ女性の霊、もしくは沼の主の大蛇(おろち)の化身ではないか」と噂したという。
沼からは南東に位置する標高点159のピークを経由して、尾根伝いに出発点へ戻ることになった。ピーク手前のコルに向けて沼を離れる。
コルへ登る途中で見かけたエビネ類の葉。
コルへの登りには、やや急な箇所があった。
コルからは尾根伝いに、標高点159のピークに向かう。
振り返った南斜面は雪が消えて地肌が現れ、春山の装いを思わせる。
エゾシカの足跡は、見飽きるほど沢山付いていた。
間もなく標高点159のピークに到着。
ピークからは、残念ながら展望が得られなかった。クロモジ類の灌木が少々うるさいが、ここで恒例の全体集合写真を撮る。
ピークから、南西に伸びる尾根を下がっていく。途中で営林作業の小径が尾根を横切っており、その脇に根元が変形したハリギリの樹があった。
尾根上のC190付近のやや開けた場所でランチタイム(約30分間)。この場所で、エゾシカの寝床をいくつか見かけた。
上記場所からは、やや急な尾根通しに下がるグループと、遠回りになるが緩く下ってから樹林帯経由で合流するグループに分かれた。
やや急な尾根の途中で見かけた、秋の名残りの赤い実。
こちらは春に向けて、成長の準備をしているイワナシの葉。
12時50分、出発地点の道路脇に到着して下山を終えた。
ここから車で少し離れた「幸連育成牧場」に移動して、標高点126の小高い丘から津軽海峡や函館湾・函館山の展望を楽しむ行程であったが、予定時刻を過ぎていたため次回のお楽しみとなった。
2024年03月11日
3月10日(日) 太櫓岳
八雲・せたな町境に位置する遊楽部山塊の一角・太櫓岳(ふとろだけ、1053.6m)を訪れた。故・坂口一弘さんのHP「北海道の山名の由来」によると太櫓岳の名前は、太櫓川(アイヌ語ではビトロで、ビツヲロの略語。「小石のある」という意味)の源流にあることから付けられたとのこと。参加は8名。
道道42号線の八雲・せたな町境にあるC392峠に車2台を停め、8時10分に出発。
太櫓岳頂上への標高差592mの直登尾根に取り付く最終コル(C462)へは、やや複雑な地形の町境稜線にある6~7つの小ピークを越えていく。先ずは標高点481のピークを目指す。
30分足らず登ったところで、町境稜線を横切るヒグマの足跡があった。足跡の上に今朝までに降った雪がうっすら積もっていたので、前日のものと思われる。ここから暫く歩いたところでもう一か所、ヒグマの足跡が横切っていた。
町境稜線から、太櫓岳と右奥に遊楽部岳の一部が望めた。
小ピークのうちの一つを越えるところ。
右手の樹木の間から、太櫓岳の姿をチラチラと眺めながら歩く。
辿る町境稜線は中央分水嶺でもある。右へ流れる水は太櫓川となって日本海に注ぎ、左のセイヨウベツ川は遊楽部川に合流して太平洋(内浦湾)に入る。
直登尾根が近づいてきた。
C462コルで10分ほどの休憩をとって、標高差592mの直登に備える。
直登尾根を見上げる。
青空が覗いて陽が射してきた中を、直登尾根に取り付く。西風は弱い。
30分ほど登って休憩をとる。
コースの至る所に、エゾユキウサギの足跡が付いていた。
尾根の雪面はクラストしており、その上に深さ10~15cmの雪が乗っている所と、新雪が吹き飛ばされてクラスト面が出ている所が混在していた。
雪崩の危険度が低いと思われる斜面は、スノーシューの横滑りとスリップ(滑落)に注意しながら、ジグを切って高度を上げる。最も急な斜面は真っすぐに登った。
尾根の半分の高度を登ったあたりで後ろを振り返る。中央に見える三角形の目立つ山は標高点557のピークで、その手前から左に続く低い山の連なりが、辿ってきた町境稜線。
尾根の最上部、C980付近を登る。
C1000の前ピーク(頂上手前の小尾根の肩)に上がるところ。
C1000の前ピークから、小広い尾根斜面の向こうに太櫓岳の頂上が見えた。
待望の頂上まであと少し。
頂上直下から後ろを振り返る。北西方向の中央には、太櫓川流域に広がる農地が見えている。
北方向には越えてきたC1000の前ピークと、その先に今金町の低い山々。
12時20分、太櫓岳の頂上に到着。目の前に遊楽部岳の一角が、屏風のように連なっていた。灰色の曇り空から前方の主稜線だけに陽が射したため、明暗コントラストが強く写ってしまった。
上の写真の展望を背景に、恒例の全体集合写真に納まる。
二枚前の写真より少し左を撮ったもの。遊楽部岳から東に続く主稜線と、中央の谷は太櫓川源流部の一つ。
頂上から東方向の山地。左の遠くは八雲町八雲の海岸部。
西風がやや強くなって寒いので、滞在15分間で頂上を後にする。
せたな町方面を眼下に見ながら、C1000の前ピークに戻る。
尾根を下り始めると、陽が当たって輝く臼別岳(臼別頭)のツインピークが神々しく見えた。
ほんの暫くの間だが青空が現れ、北北西に狩場山塊が見渡せた。手前中央の三角形は、前に紹介した標高点557のピーク。
東北東には、遠くに内浦湾(噴火湾)も見えた。
尾根の途中で20分間、遅めのランチタイムをとった。
下山を再開して、もうすぐC462コルに下り立つというところ。このあと、中央から左に小高く連なる幾つかの小ピークを登降しながら登山口に戻る。
15時40分、C392峠に停めた車に戻って下山を終えた。
道路の除雪時に広げられた駐車場で装備を解き、安着とねぎらいの挨拶を終えて、現地で解散した。一台の車は函館に直帰し、あとの一台は濁川温泉に立ち寄った。
登り下りとも、ほぼ想定していたとおりのペースで行動できた。冬型の気圧配置が緩んでくる予想で、ときおり青空が見えたが雪もちらつき、安定しない天気であった。しかし、まずまずの展望が得られ、達成感が残る良い山行であった。
【おまけ】
季節は異なるが、2021年9月19日の遊楽部岳登山時に、臼別岳(臼別頭)から眺めた太櫓岳の姿をどうぞ。頂上から左に、C1000前ピークを肩に持つ小尾根が伸びている。
道道42号線の八雲・せたな町境にあるC392峠に車2台を停め、8時10分に出発。
太櫓岳頂上への標高差592mの直登尾根に取り付く最終コル(C462)へは、やや複雑な地形の町境稜線にある6~7つの小ピークを越えていく。先ずは標高点481のピークを目指す。
30分足らず登ったところで、町境稜線を横切るヒグマの足跡があった。足跡の上に今朝までに降った雪がうっすら積もっていたので、前日のものと思われる。ここから暫く歩いたところでもう一か所、ヒグマの足跡が横切っていた。
町境稜線から、太櫓岳と右奥に遊楽部岳の一部が望めた。
小ピークのうちの一つを越えるところ。
右手の樹木の間から、太櫓岳の姿をチラチラと眺めながら歩く。
辿る町境稜線は中央分水嶺でもある。右へ流れる水は太櫓川となって日本海に注ぎ、左のセイヨウベツ川は遊楽部川に合流して太平洋(内浦湾)に入る。
直登尾根が近づいてきた。
C462コルで10分ほどの休憩をとって、標高差592mの直登に備える。
直登尾根を見上げる。
青空が覗いて陽が射してきた中を、直登尾根に取り付く。西風は弱い。
30分ほど登って休憩をとる。
コースの至る所に、エゾユキウサギの足跡が付いていた。
尾根の雪面はクラストしており、その上に深さ10~15cmの雪が乗っている所と、新雪が吹き飛ばされてクラスト面が出ている所が混在していた。
雪崩の危険度が低いと思われる斜面は、スノーシューの横滑りとスリップ(滑落)に注意しながら、ジグを切って高度を上げる。最も急な斜面は真っすぐに登った。
尾根の半分の高度を登ったあたりで後ろを振り返る。中央に見える三角形の目立つ山は標高点557のピークで、その手前から左に続く低い山の連なりが、辿ってきた町境稜線。
尾根の最上部、C980付近を登る。
C1000の前ピーク(頂上手前の小尾根の肩)に上がるところ。
C1000の前ピークから、小広い尾根斜面の向こうに太櫓岳の頂上が見えた。
待望の頂上まであと少し。
頂上直下から後ろを振り返る。北西方向の中央には、太櫓川流域に広がる農地が見えている。
北方向には越えてきたC1000の前ピークと、その先に今金町の低い山々。
12時20分、太櫓岳の頂上に到着。目の前に遊楽部岳の一角が、屏風のように連なっていた。灰色の曇り空から前方の主稜線だけに陽が射したため、明暗コントラストが強く写ってしまった。
上の写真の展望を背景に、恒例の全体集合写真に納まる。
二枚前の写真より少し左を撮ったもの。遊楽部岳から東に続く主稜線と、中央の谷は太櫓川源流部の一つ。
頂上から東方向の山地。左の遠くは八雲町八雲の海岸部。
西風がやや強くなって寒いので、滞在15分間で頂上を後にする。
せたな町方面を眼下に見ながら、C1000の前ピークに戻る。
尾根を下り始めると、陽が当たって輝く臼別岳(臼別頭)のツインピークが神々しく見えた。
ほんの暫くの間だが青空が現れ、北北西に狩場山塊が見渡せた。手前中央の三角形は、前に紹介した標高点557のピーク。
東北東には、遠くに内浦湾(噴火湾)も見えた。
尾根の途中で20分間、遅めのランチタイムをとった。
下山を再開して、もうすぐC462コルに下り立つというところ。このあと、中央から左に小高く連なる幾つかの小ピークを登降しながら登山口に戻る。
15時40分、C392峠に停めた車に戻って下山を終えた。
道路の除雪時に広げられた駐車場で装備を解き、安着とねぎらいの挨拶を終えて、現地で解散した。一台の車は函館に直帰し、あとの一台は濁川温泉に立ち寄った。
登り下りとも、ほぼ想定していたとおりのペースで行動できた。冬型の気圧配置が緩んでくる予想で、ときおり青空が見えたが雪もちらつき、安定しない天気であった。しかし、まずまずの展望が得られ、達成感が残る良い山行であった。
【おまけ】
季節は異なるが、2021年9月19日の遊楽部岳登山時に、臼別岳(臼別頭)から眺めた太櫓岳の姿をどうぞ。頂上から左に、C1000前ピークを肩に持つ小尾根が伸びている。
2024年02月26日
2月25日(日) 吉野山周回
2月25日のもう一つの山行はこの時期恒例の吉野山周回コース。隣の321峰も登る予定だが,積雪の状況によってはパスする可能性もありだった。天気は曇りでほとんど日も差さず,登り始めは寒いくらいだったが,風がなかったので助かった。参加者はフリー参加の1名を含めて17名。内7名は頂上からピストンで戻る予定。
8時37分に出発。雪は締まっていて歩き易い。
標高386m辺りは雪のないところもあったが,登山者が踏み固めたせいか残った雪が登山道のようになっているところを探して登る。
急登が続く。
10時ころ頂上間近にある吉野山の主「大ブナ」前で最初の全体写真。
10時6分早くも頂上着。それぞれ存分に写真を撮った後で2回目の全体写真。
10分ほど頂上を楽しんだ後,通称「展望レストラン」へ向かう。昼食にはまだ早いので,行動食を摂りながら15分くらい休憩。ここからは函館山が綺麗に見える。写真には取れなかったが,6・7羽くらいの白鳥が西に向かって編隊飛行をしているのが見えた。
ここでピストン組と別れ,321峰へ向かう。標高211まで下りて321峰を見たところ,ほとんど積雪がないようなので今回は登らないことにしてここで昼食とする。食べ終わって歩き始めようとしていたらシマエナガの5・6羽の群れが木々を伝って飛んで行った。これも写真にとる間がなかった。最後に帰る途中で目についたものをいくつか。
イワガラミの実。
オオウバユリの種の抜け殻。
ガガイモの抜け殻。
ピストン組が下山途中で見つけた落ちた鳥の巣。
12時半に下山終了。駒ヶ岳は頂上が雲に隠れていた。
ピストン組がまだ下山していなかったが,挨拶を済ませ,帰り支度をしているとちょうど下りて来た。予期せぬ再会を楽しみながら帰り支度を済ませて車ごとに解散した。今日の吉野山では札幌からの登山者二人にも出会えた。321峰には登れなかったが,また積雪のある時にトライしたい。
8時37分に出発。雪は締まっていて歩き易い。
標高386m辺りは雪のないところもあったが,登山者が踏み固めたせいか残った雪が登山道のようになっているところを探して登る。
急登が続く。
10時ころ頂上間近にある吉野山の主「大ブナ」前で最初の全体写真。
10時6分早くも頂上着。それぞれ存分に写真を撮った後で2回目の全体写真。
10分ほど頂上を楽しんだ後,通称「展望レストラン」へ向かう。昼食にはまだ早いので,行動食を摂りながら15分くらい休憩。ここからは函館山が綺麗に見える。写真には取れなかったが,6・7羽くらいの白鳥が西に向かって編隊飛行をしているのが見えた。
ここでピストン組と別れ,321峰へ向かう。標高211まで下りて321峰を見たところ,ほとんど積雪がないようなので今回は登らないことにしてここで昼食とする。食べ終わって歩き始めようとしていたらシマエナガの5・6羽の群れが木々を伝って飛んで行った。これも写真にとる間がなかった。最後に帰る途中で目についたものをいくつか。
イワガラミの実。
オオウバユリの種の抜け殻。
ガガイモの抜け殻。
ピストン組が下山途中で見つけた落ちた鳥の巣。
12時半に下山終了。駒ヶ岳は頂上が雲に隠れていた。
ピストン組がまだ下山していなかったが,挨拶を済ませ,帰り支度をしているとちょうど下りて来た。予期せぬ再会を楽しみながら帰り支度を済ませて車ごとに解散した。今日の吉野山では札幌からの登山者二人にも出会えた。321峰には登れなかったが,また積雪のある時にトライしたい。