2024年04月23日
4月21日(日) 弥五兵衛岳(途中撤退)
弥五兵衛岳(649.9m)は北斗市の最高峰である二股岳(825.6m)の東隣りに位置し、大沼に流れ込む宿野辺川の上流部にあたる右股沢と左股沢に挟まれた山で、3年ぶりに訪れた。
前回よりも10日遅く、最近の高い気温のため雪解けが進んで笹薮の露出が懸念された。参加は21名。
「グリーンピア大沼」から1kmほど奥(西)に入った作業倉庫の前に車を停めさせてもらい、車止めゲートを8時43分に出発。雪が残っていない宿野辺川左股沢沿いの林道を歩く。
林道を15分ほど歩いて右の尾根に向かい、複雑に付けられた作業道を繋いで登っていく。
キタコブシ(北辛夷)の白い花が、青空に映えて美しい。
4月18日の太鼓山に続いて、ここでもフデリンドウ(筆竜胆)の芽を発見。
花を付けた、めでたい名前のフッキソウ(福貴草)。
上部林道にショートカットで上がる箇所は、短いながらも急な登りだった。
上部の林道を緩やかに辿っていく。残雪は現れてこない。
振り返ると、北海道駒ヶ岳の頂部に被っていた雲から、剣ヶ峯(1131m)が姿を現してくれた。
ようやく、僅かながら残雪が現れてきた。
雪が消えた地肌に出てきた薄緑色のフキノトウ(蕗の薹)は、春の使者のように健気で愛おしい。
林道が行き止まりになり、笹薮の尾根歩きに変る。笹の背丈はまだ低い。
目の高さにエゾヤマザクラ?(蝦夷山桜)の蕾、足元にはジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草)の葉。
標高点508ピークへの登りは背丈ほどの千島笹が生い茂り、傾斜も増してきた。
ここまでの間に、大きな瘤を付けたブナ(橅)の大樹を3本見かけた。コブが付いたブナなので「コブナ」…(^_^)。
ちなみに、1912(大正元)年に発表された唱歌「春の小川」で「えびやめだかや、小鮒の群れに…」の詞のモデルになった川は、現在の東京都渋谷区代々木界隈といわれている。
508ピークの頂上に近づくと、高さ3m・太さ2cmほどの千島笹の繁茂帯が待ち構えていた。
頂上まで標高差140m、距離800mほどを残す地点まで進んだが、前進に苦労する状態を考慮し、チーフ・サブリーダーと山行部員の相談により撤退することになった(10時58分)。
深い笹薮の中で目に付いたのは、ツルシキミ(蔓樒)の鮮やかな赤い実。
人数を確認し、508ピークから尾根を外さないように気を付けて下る。
笹の背丈が少し低くなったところで、エゾイチゲ(蝦夷一華)が名前通りに一輪だけ咲いていた。
林道の末端に到着。やや冷たい北北西の風を避けて、「リンドウ de ランチ」(25分間)。
枯れたブナの樹にサルノコシカケがたくさん付いていた。
茶色の殻を背負ったカタツムリは、笹の葉に乗せると美味しそうな和菓子にも見える。ずっしりと、結構な重さがあった。
北西方向が開けた林道で、通称・四九郎岳(左、759.0m)と同・五九郎岳(右、660m)を背景に集合写真を撮る。
これから植生の成長が日一日と進みそうだが、タラノキの芽はまだ固く、木の葉も開き始めたばかり。
上部林道を下っていくと、正面に北海道駒ヶ岳の剣ヶ峯が…。残雪は僅かになってきた。
上部林道から、宿野辺川左股沢沿いの林道に向かって、ショートカットで降りる。左の尾根が北北西風を遮ってくれるので、暖かい。
陽当たりが良い斜面でタチツボスミレ?(立坪菫)、下の林道沿いでネコノメソウ(猫の目草)とキクザキイチゲ(菊咲一華)を見かけた。エゾエンゴサク(蝦夷延胡索)もチラホラとあった(写真なし)。
右股沢と左股沢の合流点付近は、新緑のトンネルの中、雪解け水を集めて早瀬となっていた。春を感じる穏やかな風情。
13時50分、駐車場に到着して下山を終えた。点呼をとり、全員の安着を確認して解散した。
想定してはいたが、雪がほとんど残っていなかったため笹薮に阻まれ、途中で撤退することになった。しかし、本格的な春の到来を感じることができて、まずまずの楽しい山歩きであった。
2021年4月11日に弥五兵衛岳を訪れた際の様子は、こちらのブログをご覧ください。偶然にも、駐車場の出発時刻と到着時刻は、今回とほぼ同じでした。
前回よりも10日遅く、最近の高い気温のため雪解けが進んで笹薮の露出が懸念された。参加は21名。
「グリーンピア大沼」から1kmほど奥(西)に入った作業倉庫の前に車を停めさせてもらい、車止めゲートを8時43分に出発。雪が残っていない宿野辺川左股沢沿いの林道を歩く。
林道を15分ほど歩いて右の尾根に向かい、複雑に付けられた作業道を繋いで登っていく。
キタコブシ(北辛夷)の白い花が、青空に映えて美しい。
4月18日の太鼓山に続いて、ここでもフデリンドウ(筆竜胆)の芽を発見。
花を付けた、めでたい名前のフッキソウ(福貴草)。
上部林道にショートカットで上がる箇所は、短いながらも急な登りだった。
上部の林道を緩やかに辿っていく。残雪は現れてこない。
振り返ると、北海道駒ヶ岳の頂部に被っていた雲から、剣ヶ峯(1131m)が姿を現してくれた。
ようやく、僅かながら残雪が現れてきた。
雪が消えた地肌に出てきた薄緑色のフキノトウ(蕗の薹)は、春の使者のように健気で愛おしい。
林道が行き止まりになり、笹薮の尾根歩きに変る。笹の背丈はまだ低い。
目の高さにエゾヤマザクラ?(蝦夷山桜)の蕾、足元にはジンヨウイチヤクソウ(腎葉一薬草)の葉。
標高点508ピークへの登りは背丈ほどの千島笹が生い茂り、傾斜も増してきた。
ここまでの間に、大きな瘤を付けたブナ(橅)の大樹を3本見かけた。コブが付いたブナなので「コブナ」…(^_^)。
ちなみに、1912(大正元)年に発表された唱歌「春の小川」で「えびやめだかや、小鮒の群れに…」の詞のモデルになった川は、現在の東京都渋谷区代々木界隈といわれている。
508ピークの頂上に近づくと、高さ3m・太さ2cmほどの千島笹の繁茂帯が待ち構えていた。
頂上まで標高差140m、距離800mほどを残す地点まで進んだが、前進に苦労する状態を考慮し、チーフ・サブリーダーと山行部員の相談により撤退することになった(10時58分)。
深い笹薮の中で目に付いたのは、ツルシキミ(蔓樒)の鮮やかな赤い実。
人数を確認し、508ピークから尾根を外さないように気を付けて下る。
笹の背丈が少し低くなったところで、エゾイチゲ(蝦夷一華)が名前通りに一輪だけ咲いていた。
林道の末端に到着。やや冷たい北北西の風を避けて、「リンドウ de ランチ」(25分間)。
枯れたブナの樹にサルノコシカケがたくさん付いていた。
茶色の殻を背負ったカタツムリは、笹の葉に乗せると美味しそうな和菓子にも見える。ずっしりと、結構な重さがあった。
北西方向が開けた林道で、通称・四九郎岳(左、759.0m)と同・五九郎岳(右、660m)を背景に集合写真を撮る。
これから植生の成長が日一日と進みそうだが、タラノキの芽はまだ固く、木の葉も開き始めたばかり。
上部林道を下っていくと、正面に北海道駒ヶ岳の剣ヶ峯が…。残雪は僅かになってきた。
上部林道から、宿野辺川左股沢沿いの林道に向かって、ショートカットで降りる。左の尾根が北北西風を遮ってくれるので、暖かい。
陽当たりが良い斜面でタチツボスミレ?(立坪菫)、下の林道沿いでネコノメソウ(猫の目草)とキクザキイチゲ(菊咲一華)を見かけた。エゾエンゴサク(蝦夷延胡索)もチラホラとあった(写真なし)。
右股沢と左股沢の合流点付近は、新緑のトンネルの中、雪解け水を集めて早瀬となっていた。春を感じる穏やかな風情。
13時50分、駐車場に到着して下山を終えた。点呼をとり、全員の安着を確認して解散した。
想定してはいたが、雪がほとんど残っていなかったため笹薮に阻まれ、途中で撤退することになった。しかし、本格的な春の到来を感じることができて、まずまずの楽しい山歩きであった。
2021年4月11日に弥五兵衛岳を訪れた際の様子は、こちらのブログをご覧ください。偶然にも、駐車場の出発時刻と到着時刻は、今回とほぼ同じでした。